第10-2話 公衆浴場と男の娘

初めての休日。

…そう奴隷であろうとも、我が店には休日が許されているのだった。


「…騒がしいのは嫌い」


休日の理由は、ご主人様のこの言葉が示す通り、不純なものではあるが…。


そして、俺は今、商店街の路地裏の公共広場で井戸の水を汲みながら、洗濯板を片手に衣類と戦闘中だ。


辺りには同じように、洗濯物と格闘している人々の姿。

その多くは丁稚のようであり、俺のように奴隷紋が刻まれた者も珍しくはなかった。


それらが皆、黙々と手を動かしている。

彼らの店が休日とは限らない、だが、俺は休日なのだ。

さて、休日とはなんだろうか?


そんな無駄な事を考えながら、ご主人様の衣類も黙々と洗う。


井戸水につけ、おそらく石鹸なのだろうと思われる固形物を塗りつける。

交易都市と呼ばれるだけの事はあるのか、商店街には様々な物が溢れていた。


磨かれていく衣服を片手に、毎夜、井戸水で身体を吹くだけの自分の臭いを嗅ぐ。


…臭くはないはず…たぶん。


そういえば、雑貨屋のおばちゃんは公衆浴場に行っていると言っていたな。


風呂桶がないかと聞いた時に、返ってきた答えだ。


どうもお湯を沸かす魔道具というのは高級品なようで、貴族や大商人の館以外は、公衆浴場にしか取り付けていないらしい。


調理魔道具や薪でお湯を沸かして、風呂桶に注ぐ手間を考えるなら、庶民は公衆浴場に行った方が早いという事だ。


そして、残念な事に料理をする事のない我がご主人様の店には、調理魔道具さえ置いていないのだった。


洗濯が終われば、本当に休日だから、公衆浴場に行ってみようかな。


お湯に浸かりたいという一心で、俺の手は速度を上げる。


……

…….


交易都市クーヨン

その中心部の広場の一角に目的の建物はそびえ立っていた。


まだ昼前だというのに、市民や行商人がその建物の中へと吸い込まれていく。

その波に乗るように、中へと足を踏み入れた。


外観通り中は広く、入口の先は二つの通路に分かれて、その分かれ道の中央にはカウンターに座る若い女性が一人。


昔ながらの銭湯を思い起こさせる光景に、自然と足が進むが、カウンターの前で歩みを止めた。


風呂に入りたい一心でここに来たが、利用方法がわからないのである。


ただ人々はカウンターの前で、何かを見せて奥の道へと分かれていくのだ。


「あの初めて来たのですが…」

「うん?」


カウンターの女性は、俺の方を見て、首筋に刻まれた奴隷紋をチラリと見ると、


「主人に札は貰ってないのかい?」

「…札?」


俺の返答に、隠す事なく面倒そうに顔を歪ませた。


「入るには札がいるんだよ、フダ。詳しくは主人に聞くんだね」

「…ああ、はい」

「それと右が女湯だから、間違えるんじゃないよ」


可愛い顔しやがってと嫉妬の言葉を投げてくる。

どうにも言動が、男勝りな女性のようだ。


だが、


「私は男ですが?」

「つまんない冗談はいいんだよ。それにそんな顔なら、男だって構わないようなのもいるから、左はおススメしないね」

「…ああ」

「ほら、後がつっかえてんだから、どきな」


商人の面接の時に、そんな性癖を持つやつもいたなと悪寒を走らせながらも、彼女の言葉に従い、後ろへと下がった。


そんな俺の目前で、無情にも人々は奥へと進んでいく。


「…井戸水で、身体を拭くしかないのか」


俺の悲しみに、答えてくれる人はいなかった。

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