第10-1話 物置小屋からの卒業

冷たい床に朝日が差し込む。

奴隷として、よく訓練された身体は、街に鳴り響く鐘の音と同時に目覚めていた。


その小さな身体には、ご主人様から借りた薄い布がかけられている。


床に雑魚寝とは、実に奴隷らしい光景だ。

使い古しとは言え、敷布団があった奴隷商人の屋敷より悪化しているとも言える。


そんな現実を体のきしみと共に感じながら、身支度を整えると、店内に通じる物置小屋を出た。


まだ薄暗い店内は、夜の静寂を残しつつ、俺を出迎える。

もっとも、この後も静寂に包まれる事は容易に予想できるのだ。


昨日、半日初めての店番をして訪れた客はなし。

そうゼロなのだ…。

ご主人様に聞いたら、当たり前の事らしい。


繁盛する店というのも、俺一人の店番では困るのだが、まったく訪れる人がいないというのも、それはそれで退屈な気がする。


そんな事を考えながら、掃除を済ませて店を開けると、カウンターへと腰掛ける。


今日は、ベッドを買いに行くとご主人様は言っていたのだ。

ただし、昼の鐘が鳴るまでは起こすなと、珍しく真面目な顔で、不真面目な言葉を告げていた。


「…はぁ」


晴れる事がなさそうな静寂に、思わず溜息をついた。


……

………


「…そんな朝早く…開けなくていい…」


約束の鐘が鳴り、商店街で並んで歩くご主人様が、まだ寝たりないのか、あくびをこぼす。


無口なご主人様との話題作りの為、今朝の出来事を語った中での衝撃の返答だ。


「でも、他のお店は開けているようでしたよ?」

「…朝から物音…睡眠の邪魔」

「な、なるほど…」


彼女の言葉に、どうして自分は買われたのだろうかと考えてしまう。


気だるそうに歩く横顔を見る。


「…お腹すいたわ…」


注意深く観察しなくてもわかる、ダメ人間の呟きが聞こえてきた。


ああ、彼女にとっては、ほんの少しの店番もやりたくないのだな…。


そう結論づけたら、彼女を深く観察するのをやめた。


「ところで、ベッドとはどこに売っているのでしょうか?」

「…たぶん、あそこ」


たぶん?という不安な言葉を発して、指を指す。

その先には、商店街に面した店がある。


広々と開けられた間口には、ガラクタとも雑貨ともとれる様々な物が置いてあった。


家具屋でない事は確かなようで、


「…雑貨屋でしょうか?」

「…なんでも置いてあるから…便利」


ズボラなご主人様には、良い店のようで、


「エリーさん、珍しいね」


いらっしゃい!と威勢よく店内から、声をかけてきた恰幅のいいおばちゃん。


「…ベッド…探しにきたの」

「はいはい、ベッドね。…うちには扱ってないのよ」

「…そう」


ご主人様の言葉に、速攻でツッコミを入れるおばちゃん。

そして、二人の間に訪れる沈黙。


「…ああ、手間賃つけていいなら、また手配してあげるわよ」

「…お願い」


おばちゃんは、困った仕草で額に手を当てると、これが初めてではないような返事をした。


なるほど、確かになんでも置いてあるみたいだ。

そんな二人の光景をよそ目に、店内を物色する。


「サイズはどうするんだい?」

「…あの子が寝るベッド…」

「…ああ、丁稚を買ったんだね」


俺を見ながら、会話を広げる二人。


「まあ、随分可愛い子を買ったようだけど…」


そう言って、おばちゃんは店内を物色する俺に近づいてきた。


「何か欲しいものでも、見つかったかい?」


その言葉に、ご主人様を見る。


「…好きにしていい…」


ただし、手短に済ませてという言葉を含んだご主人様の視線に、買い物を済ませるのだった。


全ては快適な部屋と職場の為に!

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