第10話 貨幣価値 改稿

錬金術師エリーの店


この世界に訪れてから、二度目の危機を迎えようとしていた。


その答えを知っているご主人様は、既に二階へ行ってしまったのである。


残された俺は、記憶の糸を辿る。


——この国の通貨


教育施設で教わっていた。

まず最小単位の貨幣として、銅貨だ。

 

需給——需要と供給——バランスが、俺の知る世界と違うから、一概には言えないが、最低の質と量の食べ物と交換できると聞いた。

最低の質と量というのが、街や村によって違うのだろう。


その銅貨百枚と等価交換出来るのが、銀貨だ。

これが一枚あれば、一ヶ月は飢える事はないらしい。


そして、金貨はこの銀貨百枚と交換する事が出来る。

いったい何が買えるのか想像も…あ、俺の価格が金貨二枚だと、ご主人様が教えてくれたな。


もともと金貨一枚で、俺は売り出されていたらしい。

だが、買い手が競った為、金貨二枚で黙らせたと淡々と語っていた。


「…金貨二枚か」


俺は、可愛らしい右手を目の前に出して、小さな手のひらをじっと見つめる。

好色な豚に買われるより、彼女みたいな美人の方がずっとマシだろう。


「…分別はつけないとな」


エリー様、ご主人様と呼ぶべきだろう。

少なくとも、今は彼女に捨てられるわけにはいかないのだ。


商品棚に目を向ける。

そこには二種類のポーションが陳列されていた。

よく見れば、棚の横には価格表が貼ってある。


——…錬金術師…売り子を探してるの…


——…仕事の時間よ


彼女は、俺に金貨二枚の価値があると判断したのだ。

…期待を裏切った先の結末は、考えたくない。


「それにしても…高いな」


価格表を見て、呆れた声が漏れる。

赤と青のポーションは、どちらも銀貨二枚と記されていたのだ。


「…A級錬金術師としては格安…」


背後から突然声をかけられて振り返ると、そこには無表情のまま立つ、エリー様がいた。

気配がない上に、足音もしなかった気がするのだが、いつの間に二階から降りてきたのだろうか?


いや、それよりも彼女が手にしているものが、不吉な予感を告げる。

それは、黒と白で彩られた洋服だ。

 

ゴシック調の服と言えば聞こえはいいかもしれないが、裾や襟、袖口にはレースが施されていて、とても機能性があるとは思えない。

致命的なのは、スカートだという点だ。

 

どう考えても、ゴスロリ風のメイド服にしか見えないそれを手にして、ゆっくりと俺に近づいて来た。

思わず後退りして、カウンターに背中をつける。


「こ、これを着ろと?」

「…流行りの服…きっと可愛い…」


エリー様の口角が、僅かに上がった気がした。

いや、確実に笑っている…というか楽しんでいるように見える。


…俺に拒否権はないだろう。


外周城壁を越えれば、奴隷紋はそれを示し、今の俺では文明を捨てて、生きてはいけないのだ。

この店から逃げた所で、城壁の中に逃げ場などない。


「ここで、着替えれば宜しいでしょうか?」


瞬時に最適解を導き出し、諦める。


「自分の部屋よ」


ご主人様が、嬉しそうに物置部屋を手で示した。

諦めた俺は、ご主人様からメイド服を受け取り、物置部屋…自室へ入る。


上質な生地で出来ているのか、メイド服の手触りは柔らかく、滑らかだ。

今着ている服は、ボロ切れよりマシな程度の粗末な服だった。


模擬戦を繰り返した事で、あちこち擦り切れている。


「確かにこの格好じゃ、売り子にはならないよな…」


それに俺、見た目は女の子にしか見えないし…。


男である自分を否定するように、暗示をかけていく。


俺は服を脱ぐと、新しい服に着替え始めた。

袖に手を通すと、滑らかな素材の感触が伝わる。

そしてスカートを手に取ると、その軽さに驚いた。

 

「これが女の服か…」


俺は初めてのスカートに戸惑いながらも足を通し、ホックを止めていく。


「…足がスースーする」

 

ズボンと違って心許無い感じがするので、ニーソックスとやらを履いてみたが、あまり効果はなさそうだ。


「鏡がないんだよなぁ」


高級品なのか、まだ一度も見た事がなかった。

そんな事を考えつつ、服を着終えたので部屋を出る事にする。


扉を開けて出るとエリー様が待っていた。

そんな彼女は俺を見ると、僅かに驚いた様子を見せる。


「に、似合ってますか?」


俺は恥ずかしさを抑えるように、頬を赤くしながら尋ねた。

すると、ご主人様は俺の頭を優しく撫でながら微笑む。

その手は、まるで猫をあやすようだ。


「ええ、とっても可愛いわ」


悪意のないご主人様が、笑顔になった。

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