第11話 看板娘 改稿
——順応性
それは、生きる為に必要な資質。
…生物はあらゆる環境で、生き残るようにできているのだ。
そんな訳で、すっかりメイド姿が板についた俺は店番をしていた。
…ただ本当に暇なのだ。
カウンター越しに見る店内には客の姿はなく、静まりかえっている。
そんな状況に飽きた俺は、掃除を始める事にした。
店番を任されてから一ヶ月、大通りから外れたこの店は、比較的新しい店な事もあり、客足が伸びない事以外は何も不便を感じていなかった。
ホウキを両手に構えて、床の掃除を始める。
「…思っていたのと違うな」
もっと繁盛していて、忙しいとばかり思っていたのだ。
それが蓋を開けてみれば、閑古鳥状態である。
もっとも、商品の価格が一人で2ヶ月は外食できるという銀貨2枚であるから、客単価は非常に高い。
そして、原価率はと言えば…。
——数日前
「…薬草」
「これですね」
俺は手術の助手のように、ご主人様の呟きに合わせて、指示されたものを手渡す。
今渡したものは、ひと束銅貨十枚で食料品店から買ってきた青色の草だ。
傷薬の材料で、主にすり潰して塗り込むと、痛み止めとなるらしい。
お遣いでそれを仕入れると、井戸水で洗い、言われたとおりに葉と茎を切り分けておいた。
「…魔石」
次の指示が飛ぶので、瓶に詰められた砂のようなものを渡す。
雑貨屋で仕入れたもので、これも一つ銅貨十枚だった。
ただ指示通りに砕くのが、なかなか難しい。
粉々になった魔石の破片を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
エリー様はそれらを大きな鍋の中に放り込む。
中の水は俺が汲んできたので、プライスレスだ。
そして、銅貨一枚で買った赤と青の実。
何をしているかと言えば、ポーション生成なのだ。
怠そうな瞳で、ご主人様が作業を続ける中、俺は邪魔にならないようじっと見ていた。
鍋の中を、かき回しているようにしか見えない。
ただ何か違和感を感じた。
それが何かがわからないから、観察している。
だが、赤い実を溶かして透明竹に流し込む間、それが何かは結局わからなかった。
——A級錬金術師エリー
…と刻まれた蓋を瓶にかぶせて、完成のようだ。
これが銀貨二枚になるのかと、俺は呆れた気持ちで眺めていた。
…まさに錬金術なのだ。
——カララン♪
そんな事を思い出しながら、掃除を終えた俺はカウンターに肘をつけて寄りかかり、ぼーっと窓の外を眺めていた時である。
扉の鈴が鳴り響く。
ちなみにこの鐘は、雑貨屋で購入して取り付けた。
ご主人様は不思議な顔をしてたが、来店を知らせるベルとして、とても有用なのだ。
決して、サボってる姿の不意打ち防止ではない。
「いらっしゃいませー」
姿勢を正し、営業スマイルに切り替える。
入ってきたのは、鎧に身を包んだ常連の騎士だった。
「赤ポーションを三つ貰おうか」
茶色い髪に無精髭を生やした男は、奥の棚を指差すと銀貨6枚をカウンターに置く。
これで、六ヶ月分の食費である。
「ありがとうございますー」
自然と笑みが溢れてしまうのは、致し方ないのだ。
「仕事は慣れてきたか?」
…うん?
ポーションの瓶を手渡しながら、騎士を見上げる。
すると彼は、俺の顔を見ていた。
「え? あ、いや…はい」
慌てて返事をしたせいで、変な返事をしてしまった。
そんな俺を、彼は優しく微笑みながら口を開く。
「慣れてきたなら、休日は街を見てみるといい。ここは王都に近く治安も良いからな」
ああ、なるほど…。
俺の心配をしてくれているのか。
「騎士様達が、街の治安維持をしてるからです?」
「…街の治安維持は兵士の仕事だな。俺達は街の外で、街道周りの魔物や盗賊を討伐しているのさ」
そう答えた彼の腰には、無骨な片手剣が下げられていた。
「…命がけの仕事なのですね」
俺の言葉を受けた彼が、苦笑する。
「生きていく為には、大抵は命がけさ。もっともこのポーションのおかげで、助かってはいるがな」
そう言うと、手渡した瓶を興味深そうに見つめる。
「まさかA級ポーションが、銀貨2枚で買えるなんてな」
そして、意味深な言葉を口にするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます