第12話 A級錬金術師 改稿

錬金術師エリーの店 二階

 

——怠惰

 

それは、七つの大罪の一つだ。

そして、この大罪を背負った人間が、俺の目の前にいた。


窓の外を見れば、お日様はもう真上に差し掛かりそうなのに、彼女はベッドの上で気持ちよさそうに寝ている。

我がご主人様は、週に一日働き、残り四日はこうして過ごしている。


「ご主人様、昼食に出かける時間ですよ」


しかし、奴隷たる俺に、それを口出しする権利はない。

俺の仕事は、店番と昼下がりの目覚まし時計なのだから。


「…お腹空いた…」

「おはようございます」


気怠そうに目を開いたが、二つ重ねた柔らかそうな枕にうつ伏せに頭を預けると、また眠りにつきそうになっている。


金色に輝く瞳は、まだ眠たいのだろう…少し半開きになっていた。

長く艶やかな黒髪はボサボサになっていて、寝癖が凄い事になっている。


「…ご飯…」


ゆっくりと上半身を起こすと俺を見た後、ベッドから足を下ろして立ち上がる。

その服装といえば、グレーの肌着姿に下は黒いレースのパンツのみという刺激的なものだ。


細いウェストラインの下には小ぶりながらも形の良いお尻が見えていて、目のやり場に困ってしまう。

そんな俺を気にする事なく、ゆっくりと立ち上がった。


いつものように平静を装って、外着を渡す。


「そういえば先日、常連の騎士様にA級錬金術師の価値を教えていただきました」


そして始まる他愛もない会話。

もっとも、俺が一方的に話す事の方が、多いのだが…。


「錬金術師というのは、魔術師が鍛錬した先にある道だそうですね」


熟練の魔術師が王都の施設を使い、才能あるものだけが習得できるようだ。

ランクは、C級からA級。


「…そうね」


エリー様は、俺が手渡したローブを、気怠そうに眺めている。


「店を開くのも許可制と聞きましたよ。扉の上のあれですよね…」


開店には、王国から発行された証明書を、客の見える場所に掲げなくてはいけないらしい。

この店は、入り口の扉をくぐった頭上に貼ってあった。

…見える場所だが、見せる気がないだろう。


「…ええ」


彼女は短く返事をすると、ようやく身支度を整え始めた。


「魔術師を引退したC級錬金術師が、一般的らしいじゃないですか」


そして、市場保護の為、ランクによりポーションの最低価格が決まってるそうだ。


C級なら銅貨10枚から…B級なら銅貨50枚から…そして、A級は銀貨2枚からなのだ。


なぜなら、赤ポーションは等級により効果に差があるようで、C級やB級は軽症から重症の傷を回復させる効果があるらしい。


A級になると、欠損した部位すら修復させる事ができるようだ。


青ポーションは、回復量に差が出るという。


「騎士様が言ってましたよ。最低価格で、欠損回復ポーションを買えるなんてって」


それなのに、A級錬金術師という宣伝をしないせいか、店は閑古鳥が鳴いているのだ。


「よく勉強しているわね、それで?」

 

彼女は髪をすきながら、つまらなさそうに相槌を打つ。

その瞳は窓の外に向いていて、俺には目もくれないでいる。


…それで?


俺の危機感が、ここは答えを間違うなと警鐘する。


「A級錬金術師の証明書を店先に掲げれば、客数は何倍にもなると思案しましたが…」


ご主人様の顔色を伺う。

明らかに不機嫌そうだ。

そこで言葉を区切り、一呼吸置いた俺は続けた。

 

「ですが、ご主人様は、静かな暮らしを望んでいると思いますので、特に何かする事はございません。私の給金が増えるわけでもありませんしね」


最後にジョークを効かせて、笑顔で答える。

奴隷の衣食住は主人の義務だが、給料はもちろん無給なのだ。


「…そうね…」


そんな答えに満足したのか、エリー様は小さく頷くと微笑む。


…セーフ。


安堵から来るため息と共に、胸を撫で下ろす。


「…給金…」


何やら考えるように呟く彼女。

身支度の終わった胸元に手を突っ込むと、何かを取り出した。


「…あげる」


その手には、一枚の硬貨が握られていたのだった。


 

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