第13話 銀貨の価値 前編 改稿
交易都市クーヨン
時刻は昼下がり。
メインストリートには多くの商人が行き交い、賑やかな雰囲気に満ちていた。
そんな人混みの中を、黒いメイド服を着た小柄な少女が歩いている。
目の肥えた商人は足を止めて、その見事な刺繍に感心する。
少女を知らぬ街の住人は、その容姿の可憐さに視線を釘付けにして立ち止まるのだ。
だが、そのどちらも彼女の首筋に刻まれた青い紋様を気にして、声をかけようとはしない。
いや、できないのだ。
彼女の身なりから、貴族の召使であろうことは明白だからだ。
そんな注目を集めているとは知らず、俺は上機嫌にスキップをしてしまうほど浮かれていた。
——あげる
なぜならば、銀貨1枚を小遣いとして貰い、今日は好きにして良いと暇を与えられたのだ。
…何をしよう?
…服を買ってもいいかな?
…いや、まずは必需品からか?
そんな妄想を膨らませながら、商店街を散策する。
そして、俺が向かった先は、
「おばちゃん、腰袋あるかな?銅貨を入れる用の」
いつもの雑貨屋である。
…銀貨は大金だからな。
両替する意味も含めて、財布を求める。
馴染みの店なら、嫌な顔はされないだろう。
「アリスちゃん、いらっしゃい。銅貨3枚よ」
お釣りの銅貨97枚を束にして数え、腰袋に入れる。
その重みは、まるで小金持ちになったような気分だ。
「ありがとー」
軍資金が揃ったとばかりに、駆け足で屋台に向かった。
雑貨屋にご主人様のお遣いで来る度に、焼ける肉の匂いがしていたのだ。
目星をつけていた露店に直行する。
「おっちゃん!串焼きちょうだい!」
「はいよ、銅貨2枚だよ」
元気よく声をかけると、銅貨と交換にタレのついた串が手渡される。
それを受け取ると、食べるスペースを探して、人通りのない路地へと移動した。
そこは日陰になっていて、涼しい風が吹いており、休むにはちょうどいい場所だった。
「…うまい」
一口頬張るなり、肉の旨味が口いっぱいに広がる。
何の肉かもわからないが、初めて自分の意思で選んだ食事なのだ。
それから大通りに出るべく歩き始めたものの、串を咥えたまま歩いているせいで、視線が集まっている気がしてならない。
しっかりと味わった串を、露店の回収箱へと返す。
…やっぱ、再利用だよな。
そんな現実を直視して、顔をひきつらせると、商店街を奥へと進んだ。
交易都市というだけあり、店は卸売市場のように道の両サイドに連なっている。
その広い間口を市民と行商人が行き交う様子を眺めながら、歩く。
…あれは八百屋。
…あっちは肉屋に魚屋。
…果物屋も専門店があるんだよな。
そんなことを考えているうちに、目的の場所へ到着する。
そこは大きな店舗が並ぶ商店街ではなく、小さな個人店が連なる路地裏であった。
扱っているものは、市民のお古がメインで、いわゆるジャンクショップと呼ばれるものだ。
ボロボロの古着から使い古した鍋まで置いてあって、雑多な雰囲気ではあるが、ポツポツと足を止める市民もいるようだった。
俺は一軒の店先で、足を止める。
前から興味があった中古書店である。
奴隷商人の館では、最低限の文字学習の本しかなかったのだ。
六畳一間の狭い店内だったが、カウンターの奥には、それなりの数の本が棚に置かれていた。
凸版印刷が普及しているんだな。
ただ、とても立ち読みが許される雰囲気ではない。
光の勇者…竜殺しの騎士…
店主の冷たい視線を感じつつ、本の背表紙に書かれたタイトルを眺めていた。
「お遣いかい?」
初老の店主が声をかけてきた。
「…ええ」
素直に頷いて、嘘をつく。
「どれも銀貨3枚だよ」
そして、衝撃の一言を呟くのだ。
それは、十分な破壊力を持っていた。
「…主人に聞いてきます」
そう告げて、店をあとにすると早足で大通りへと出る。
…戦略的撤退である。
冷やかしだと、顔を覚えられる前に立ち去ったのだ。
もっとも、この特徴的な服装のせいで無駄な気もするが…。
そんな事を考えていると、大通りを抜けて、中心部の広場へと辿り着いたのだった。
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