191話 やはり彼女は頭がおかしい

「ノース侯爵家当主、マリオン・フロレンスよ」


私のよく知る人物が、腰に下げた剣をゆっくりと抜き宣言した。

彼女は、私を懐かしむような顔も見せず、自分の道を阻む障害を見るような目で、剣を構える。


その瞳は、何も持っていない私が、もっとも苦手とする光を帯びていた。


我が主人と同じ、決意と覚悟の光だ。


「…ガレオン子爵は、やめたのです?」


覚悟の決まらない私は、思わず口にする。


「あら?言ってなかったかしら?あそこを5年治めたら、当主の相続権が与えられるのよ」

「…聞いていたような気がしますね」


彼女の瞳は、揺らぐ事はなかった。


「ノース侯爵当主として、逃げる事は許されないわ」


一瞬、昔のような表情を浮かべたマリオンは、そう呟くと剣を振り上げて、斬りかかってきた。


そのあまりの遅さに、私は彼女のステータスを思い出す。


その遅い剣速が、空を切る度に瞳が交差する。

殺す事は、いつでもできた。

圧倒的なステータス差があるのだ。


それを理解していないのか、反撃しない私の姿を見て、騎士団からは歓声があがる。


それを理解している黒髪の青年は、顔を歪めている。

何を考えているかわからないエリーは、つまらなそうに欠伸をした。


そして、マリオンと同じ光を瞳に宿す女騎士は、表情を変えず、見守っていた。


またゆっくりとした軌道に感じられる剣が、私をかすめた。


彼女が死ぬのは、これで何度目だろう?

だが、私の手は動かない。


何もない私が、壊す事しかできない私が、この眩しい光を消す事を拒否するのだ。


彼女と過ごした日々が、思い出が、拒否するのだ。


「…弱すぎますね」


決意も覚悟も中途半端な自分に、思わず口が開いた。


その呟きを聞いたマリオンは、突きの構えに変えると玉砕するかのように突進してきた。


私は、思わず彼女の剣をはたき落とす。

歓声をあげていた騎士達の声が止まった。


マリオンと至近距離で目が合う。

彼女は、不敵な笑みを浮かべた。

懐かしい笑みだ。


彼女は、私に向かって一歩踏み込む。

先程とは違い、懐かしさを感じるその表情に、私の身体は硬直していた。


そして、少し背丈の伸びた彼女は、私を抱きしめた。


ただ、優しく抱きしめたのだ。


私を含めて、誰もその状況を理解できないのか、辺りは静寂に包まれる。


「あの…」


私は、ただ抱きしめるだけの彼女に、声をかける。


「言ったでしょ。死ぬ時は、アリスちゃんを抱いて死にたいの」


どうやら、頭がおかしいのは、相変わらずのようだ。


「…はぁ、私にマリオンは殺せませんよ。だけど、他は別です」


私は残りわずかな魔力を振り絞り、よく知る魔法を展開した。


騎士達の影から、闇が触手のように伸びる。


女騎士や黒髪の青年も不意を突かれたようで、捕縛されていた。

エリーは、楽しそうに縛られている。


マリオンが、騎士達の悲鳴を聞いて後ろを振り返った。


「…降伏して下さい」

「嫌だと言ったら?」


私の願いに、彼女はまた不敵な笑みを浮かべる。

戦況は圧倒的に不利であり、これから始まるのは虐殺でしかないと理解した上で、マリオンは笑っていた。


「…困ります」


その懐かしい顔に、思わず昔のような答え方をしてしまう。


そんな私の困った顔を見て、


「アリスちゃんのお願いなら、仕方ないわね。降伏するわ」


傭兵はともかく騎士団まで全滅させられたら、ノース侯爵家は終わりだわ、と呟くマリオン。


彼女はよく知る私を見て、その身を賭けて駆け引きを仕掛けてきたのだろうか?


懐かしい顔で、微笑むマリオン。

もはや、どちらが勝者か、わからないのであった。


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