190話 ノース侯爵

転移魔法で消えた、二人の先を見つめる。

そこには、後退した騎士団の姿があった。


そして、消えたと思われたエリー達の姿。

転移魔法は魔力消費が激しいのか、エリーは肩で息をしていた。

黒髪の青年は、随分と離れた距離の間合いをはかるかのように、こちらへと構えている。


魔力を大量消費したのは私も同じで、遠く離れたようで一瞬の間合いをはかる。


お互いの視線と思惑が交差し、時が止まったかのように空白の時間が、緊張と共に流れていた。


その時だった。


騎士団の奥から、見慣れぬ紋章旗を掲げた騎士が、大柄の馬に乗り、こちらへとゆっくりと歩み出したのだ。


そのあまりに堂々とした姿と、使者のような歩みに私の手は止まる。


その騎士は、私の様子を確認すると片方の空いた手を、味方を静止するように伸ばした。

黒髪の青年が、身体から力を抜く。


そして、私達に見守られるようにその騎士は顔が見える位置まで、進んでくる。


短く揃えられた金髪の髪。

男性としては長く、女性としては短い髪型が似合う女顔の騎士。

昔の面影を残し、歳を重ねた見覚えのある人物だ。


私の臨戦態勢は、その見慣れた姿によって、完全に解除された。


「…お久しぶりです」


最後の会話が、彼女を投げ飛ばした時だった事を思い出し、少し言葉に詰まる。


「ああ、久しいな」


適度な距離を保ち、馬から降りた女騎士は、昔と変わらぬ口調で答えた。


「風格が増してますね」

「部下達には、婚期をますます逃すと陰口を叩かれているよ」


遠い昔の間柄を、確認するかのような会話。

ただ、明確に保たれた距離が、お互いの立場を示していた。


「…おまえは、変わらないのだな」


私の姿を確認して、ただ事実を確認するように彼女は呟いた。


「本題に入ろうか」

「どうぞ」


私の返答を確認すると、女騎士は息を吸い込み、宣言するように大きな声で、叫ぶ。


「ノース侯爵閣下が、貴様に一騎討ちを申し込む!」


その言葉に、和睦の使者かという期待は裏切られた。


ノース侯爵…マリオンの父親ですか。

この惨劇を見ても、私に一騎討ちを挑んでくるとは、娘に似て頭がおかしいのか、自信があるのか。


そんな事を考えていると、女騎士の宣言を聞いた騎士団から、高揚したような雄叫びがあがった。


「返答は如何に!」


黙っている私に向かい、女騎士はまた叫んだ。


「…いいでしょう。受けます」


私の答えを聞いて、女騎士は手にしていた紋章旗を地面へと勢い良く突き刺す。


そして、主君を迎え入れるように、騎士団の方へと片膝をついた。


それが合図だったのか、騎士団が割れるように広がり、中心から一人の人物がこちらへと歩いてくる。


軽鎧を見に纏ったその人物は、真紅のマントを風になびかせている。

だが、周りの騎士達と比べても、その背丈は小さい。


見間違う事のない金色の髪は、腰まで伸びている。


私は、主君を迎え入れるように片膝をつく女騎士を見て、溜息をついた。


「…ノース侯爵ね」


そこには肩書きが変わった、よく知る人物がいたからだ。

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