189話 死闘

交易都市クーヨン


最低の思い出と、そうとは言い切れない思い出の詰まった都市だ。


力のない私は、そこで不自由を強いられた。

だが、人権など存在しない奴隷に、それなりの幸せを与えてくれた人。


お互いに深く干渉はしない、過ごしやすい日々。

私に、力を与える切っ掛けを作ってくれた人。


その人との生活は、悪くない日々だったのだ。

怠惰なご主人様の世話を焼く自分を、悪くないと思っていたのだ。


「つまらない目ね。さっきまでの目は、どうしたのかしら?」


様々な事を思い出しながら、ご主人様を見つめていると、彼女から予想外の言葉が放たれた。


「どういう意味です?」

「殺し合いを楽しみましょう」


その一方的な言葉は、私に嫌な予感を告げた。

無意識に、次元魔法を発動させる。


交易都市クーヨンで構想し、クロードの魔法を無効化した絶対防御の魔法だ。


ご主人様から、なんの動作の予兆もなく魔法が放たれる。

放たれるというよりは、既に仕込まれていたのだ。


私の周囲に鋭利な氷の針が無数に出現し、かき回すように飛び交った。


ただし、その全ては、私をすり抜けた。

そして、ダイヤモンドダストのようにキラキラと光り輝き霧散する。


魔力消費の激しい防御魔法を解除した私は、ご主人様に向かって抗議の目を向けた。


「…殺す気ですか?」


急激に冷え込んだ空気を吸い込み、私の吐息は白く染まっている。


「…当たり前」


昔のように、気怠そうな口調になる彼女。

どうやら、機嫌を損ねてしまったようだ。


戦闘狂だったんですねと、言おうとした時だった。

吸い込んだ息が、身体の中から突き刺すように激痛を与える。


「っ!?」


私は、声にならない声を上げた。

喉の奥から何かが逆流すると、その流れを抑える事もできず、吐き出す。


真っ赤な血が、私の服を汚した。

ご主人様の方を見る。


「あら?それでも、死なないのね」


何をされたか、理解できなかった。

唯一、本能的に悟ったのは、殺らなければ殺られるだ。


右手に魔素を集める。

そして、なぎ払おうとしたのだが、即座に距離を詰めてきた青年の腕と私の腕が当たり、止められた。


「…遅いわね」

「そんな事、言われても!」


慣れた様子で掛け合う二人。

その中に私の入る余地はない。

私は、彼らの敵なのだ。


そして、止められた腕の先。

私の切り札が、異変を知らせていた。


見えないはずの剣に、水色の色が付着しているのだ。


私は、エリーを睨みつけた。


「…良い目ね」


邪魔な青年を払うように、蹴りを入れる。

しかし、今度は避けられた。


距離が空いた空間に、今度は殺す気で、色のついた切り札を振るう。

真紅のオーラに包まれた青年は、それをギリギリ避ける。


一振りで消え、大量の魔力を使用する切り札を、何度も青年に向かって振るった。


メテオと、エリーの魔法で周辺の魔素は尽きていたのだ。

燃費が悪くても、自前の魔力を使うしかなくなっていた。


「見えるようになったのだから、もう少し上手くやれないのかしら?」

「そんな事言われても、速すぎるんですよ!」


エリーの言葉に、青年は反論する。

私は隙を見つけては、奥のエリーを斬るように腕を振るうのだが、その度にエリーの飛ばす氷塊が腕に当たり、軌道を変えさせられていた。


「楽しいわね?普通なら、腕が吹き飛んでいるはずよ?」

「普通なら、その首を飛ばしているはずなんですけどね!」


彼女の軽口に、私も軽口で返す。


そんな二人を同時に相手にする攻防を、何度も繰り返していた時だった。


私を抑えきれなくなった青年の腕が飛ぶ。

苦痛に顔を歪める青年。


「死ね」


青年の身体をなぎ払う。

だが、切り札は後ろに全力で飛んだ青年をかすめ、地面を斬り裂く。


「…チッ」


私は舌打ちをして、エリー達を睨みつけた。

その先には、手早くポーションを傷口にかけるエリーと、飛ばしたはずの片腕が復元する青年の姿。


「…厄介な薬ですね」


そう呟いて、隙だらけの二人をなぎ払った。

だが、またしても切り札は空を切る。


「…転移魔法ですか」


消えた二人の姿に、私は溜息をついた。

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