171話 アイリスの夢

「…戦争が、近いのであろうな」


窓の外を眺めながら、何かを思い出すように呟くクリス。


「戦争ですか…」


どこかと考えるのが無駄な程、この地域は戦争に溢れている。

そして、傭兵の街で、ギルドの受付嬢をしていた私には、聞き慣れた言葉だ。


必要なら相談されるだろうし、軍略家でもない私は、ただ王女殿下の敵を滅ぼすだけだ。


単純な話だ。

ただ目の前の敵を殺すだけのシンプルな事しか、私にはできない。


窓の外を眺めながら、その先を話そうとしないクリスに、私はそんな事を思い描いていると、


「…んん」


私の指定席…愛用のソファーから、妖しげな声が漏れる。


「起きたのですね」

「…ここは?」


目を覚ましたアイリスに、王女殿下の部屋である事を告げる。


まだ意識が朦朧としているのか、虚な瞳の彼女は、私に焦点を合わせ、


「…そっか…ボク…負けたんだね…」


何かをやり切ったような顔と、どこか寂しそうな顔が交差する。


そして、起き上がろうとするのだが、力が入らないのか身体が揺れた。


「…あれ」


意識と身体の反応の差異に、違和感を呟くアイリス。


「大丈夫か?部屋で休むがよい」


クリスはそう告げると、私に送ってくよう促した。

恥ずかしそうに立ち上がるアイリスの手を取る。


「なんか情けないなぁ」


アイリスは小さく呟くと、王女殿下に一礼して部屋の外へと歩き出す。

私もそれに続く。


……

………


王宮の廊下を歩く二人。

感覚が戻ってきたのか、アイリスの足取りは調子を取り戻してきていた。


「あの切り札の反動なのか?」

「そうなのかも?あんなギリギリまで使った事なかったからなぁ」


から笑いを見せる彼女。


廊下を歩く二人。

その足音のリズムに反して、会話は弾まない。


「クロくん、ボク強かった?」


そして、不意に問いかけられた、一言。


背丈は私より随分成長し、大人の女性の容姿にあの頃の面影は見えない。


ただその一言は、あの日から変わらない懐かしさを感じさせ、


「ああ、剣術なら、今まで見た中で一番強かったよ」


特にあの切り札は、魔力が尽きなければ、もっと手こずっただろう。


「…そっか」


また同じような顔が、交差する。


…ボクは剣士になるよ。


遠い昔の彼女の言葉。

きっと、コレだけに賭けてきたのだろう。


完成された剣術と、あの切り札。


足音と共に揺らぐ、薄い水色の混じった白髪。

死にかけたという彼女の言葉。


横で歩くその姿に、かける言葉を探していると、


「あ〜あ、負けちゃったなぁ」


言葉の見つからない俺は、ただその姿を見つめていた。

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