167話 遠い日の約束 中編

王宮の城門近くの訓練場。

密閉されたその建物を、王女殿下は騎士達を外に出し、貸し切っていた。


中央には私とフレイラの姿。

そして、それを見守るクリスである。


私達の手には、クリスから渡された木刀が握られていた。

その真剣な眼差しは有無を言わさず、私はこうしてフレイラと向かい合っている。


「こんな少女と試合なんて、おかしいですよね?」

「……」


おどける私の言葉に、フレイラは真剣な眼差しを返してくる。


ああ、この人、本気でやるつもりですか。


ただの宮廷道化師、それも少女の姿に向ける目ではない。


「アリスよ、本気を出してよいぞ」


王女殿下から、力を見せろの意が発せられる。


…なぜ?


そんな私の疑問を他所に、フレイラは息を吸い込むと斬りかかってきた。


慣れない踏み込みの速さに、木刀で受け止める。

見るとは違い、体感する速さに驚く私と違い、彼女は受け止められて当たり前という顔をしていた。


神速のようなスピードで、間合いを出入りしては斬り込むフレイラ。


木と木が打ち合う音が響く。

黒髪の美少女と薄い水色が混じった白髪の女が、お互いの間合いに入る度にまた一つ。


そして、彼女が一振りする度に、遠い昔の誰かが浮かぶ。


私の一振りを、彼女が受け止める度に、その姿が重なる。


…まさかね


目と身体が慣れてきたおかげで、彼女の太刀筋がゆっくりと感じられる。


…まさかね


余裕が出てきた私は、彼女の姿を観察していた。


…あの頃と違う白い髪。

…ただ、あの頃の面影が残る水色。


私の余裕を察したのか、彼女は悔しそうに唇を噛む。


…ああ、あの頃の彼女も手を抜く私に、そんな顔を向けてましたね。


遠い昔の少女とは違う、大人になった女性の顔を見る。


彼女の太刀筋を見切り、避ける。


その首筋に、木刀を握るその右手に、あの頃の面影はない。


…これだけ姿が変わっていて、名前まで違ったら気付けるわけないじゃないですか。


この広い大地で、違う国にいるなんて思いもしないのだ。


そして、また木と木が打ち合う音が響く。

余裕を持って受け止めた私に、懐かしい表情を見せる彼女。


…そんな悔しくて泣きそうな顔を見せられたら、またあの時みたいに…。


そして、次の一撃を、私は昔とあまり変わらぬ姿で受け止めた。


完成された剣術に、私の身体は吹き飛ぶ。


「「ッ!?」」


クリスは驚き、声を漏らす。

フレイラも別の意味で驚いていた。


…木刀とは言え、少し痛いですね。


私は成長した彼女の一撃を懐かしく思いながら、仰向けになり、天井を見つめていた。


「また手加減された…」


勝者であるはずの彼女は、木刀を見つめながら、悲しそうに呟く。


そして、肩を落として、王女様に帰りますと告げると背中を見せた。


私は起き上がり、確信に変わった言葉を…

遠い昔、彼女と交わした約束を…


「…強くなったな、アイリス」


忘れないでと言われた名前を、スカイブルーの君へと投げかけた。


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