168話 遠い日の約束 後編

「…強くなったな、アイリス」


私の言葉にフレイラは、足を止めた。

そして、感極まった表情でこちらへ振り返ると、


「うん…クロくん!」


泣きそうな程、嬉しそうな笑顔を向けてくる。


「なんだ、やはり想い人であったではないか」


クリスが、満足そうに呟いた。


「想い人?」


クリスの言葉に、私は疑問を浮かべる。


「ち、違うもん!こんな鈍感なクロくんなんか!」

「鈍感って…その口調と呼び方なら、もっと早く気づいたさ」


昔のような口調で、言葉を交わす。


「ボクは、すぐ気づいたんだよ!?」


それは、認めたくはないが、俺の姿が変わらなさすぎだからだろう。


昔のようなアイリスの口調に、クリスは面白そうに笑みを浮かべていた。


「まず髪色が違う」

「それは…ちょっと無茶な戦闘のしすぎで、死にかけた時に…」


俺の指摘に、サラっと危ない事を言う。


「体型が違う」

「大人になったって言って欲しいなぁ。クロくんは変わらないね?」

「…うるさいですね」


胸大きくなったでしょー?と、自慢げに強調してきた。


「ボクが20だから、クロくんは19のはずだよね?」

「…うるさいです」


可哀想な子を見るような目を、向けるんじゃないと思いつつ、


「名前まで違うじゃん」

「……」


私の指摘にアイリスは何かを思い詰めたように、空間を見つめる。


「ボクが独立する条件にね、師匠が仕合を願ったの。殺し合いのね…」

「あぁ…」


殺したんですねとは、言えなかった。


「…ボクは殺せなかったよ。手が止まっちゃったんだ」

「まともですね」

「クロくんは、殺せるの?」


冷めた目で、共に過ごした人を手にかけれるか問いかけられた。

そんなの…


「その時にならないと、わかりませんよ」

「…ボクを…殺せるの?」

「その必要を感じませんね、それより名前が違う理由は?」


脱線しかけた話を修正する。


「名前を継いで欲しいって言われたんだよ。だから、師匠は剣を捨てて、今は孤児院の院長かな…」

「なるほど」


納得した私の顔を見てアイリスは、


「ねぇ、クロくん。本気で相手してよ」


願うような表情の彼女に、


「…いいですよ」


私は、落ちている木刀を拾った。

目に魔力を込める。


緋色の瞳を見た彼女は、木刀を構え、先程は感じなかった濃密な魔力の塊を身体に纏わせた。


アイリスの身体から、闘気のような赤いオーラが揺らぐ。


——紅蓮のフレイラ

真っ赤なオーラに包まれる彼女を見て、なぜかそんな言葉が頭を過った。


見た事のない現象に私は、


「身体強化魔法ですか?」

「もっと凄いのだよ。ボクの魔力量だと、長くは無理だから、切り札なんだ」

「…なるほど」


それを合図に、縮地で彼女の懐に飛び込む。

何百と屍を築いてきた必殺の一撃だ。


だが、その一撃は空を斬った。


追撃に木刀を返す。


それもまた空を斬る。


ステータス差が存在するはずなのに、先程とは圧倒的に変化した彼女の身体捌き。


俺の本気の速度に劣らない彼女の切り札。


「強くなりましたね」


だが、余裕がないのか、苦しい顔を浮かべるだけのアイリス。


そして、回避一辺倒だった彼女が、苦し紛れに放った一撃に合わせて、


「ッ!」


アイリスの首筋に、木刀を寸止めで添える。


「私の勝ちですね?」


アイリスは、満足そうな顔で笑みをこぼす。

そして、闘気のようなオーラが消えると、魔力が尽きたのか倒れ込んだ。

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