163話 道化の日常

王女殿下の部屋


私は、最高級のソファーに寝そべり、だらしない格好で本を読んでいた。


国の全ての富が集まる王宮である。

手に入らない本はないとばかりに、図書室に並べられているのだ。


その中でも、冒険譚と哲学書が私の愛読書である。

もっとも、哲学書は特定の現象の考察から、恋という気持ちについてなど、玉石混交であるが…。


理論と実証からなる科学の概念は、存在していないようだ。


そんな私の読書姿を他所に、王女殿下は机に姿勢よく向かいながら本を読み、何かを考えている。


少なくなったティーカップに、紅茶を注ぐ給仕。

宮廷道化師である私の態度に、注意する者などいない、いつもの日常だ。


そして、いつものように内政の課題に行き詰まったのか、王女殿下は私の方へ顔を向けると、


「国が発展するには、どうすればよい?」


こうして無理難題を投げてくる。

私は、そんな専門知識を持ち合わせた万能ではないんですけどね。


本来は、この哲学書の先にある科学の役目なのだ。

そうは思っても、話し相手になるのが私の仕事である為、


「発展というのは、物理的な生活の豊かさでしょうか?」

「おそらく、そうであるな」

「…そうですねぇ」


私は、紅茶が注がれたカップを見る。


「物を作るのは人です。そして、人を動かすのは食料ですよね?」

「うむ」

「1人の人が、1人分の食料しか作れないのでは、物を作る余力はありませんよね?」

「…なるほど。食料生産の効率化が、基礎であると言いたいのだな」


王女殿下の言葉に、私はうなづく。

内心は、それ以上聞かないでくれだが…。


だが、そんな私の期待を裏切るように、


「では、どうしたらよい?」

「私には、わかりませんよ。そういうのは、考えるのが好きな人に、実験させるべきです」


私は、手に持つ哲学書の作者名に指を差す。


「…じっけん?」

「ええ、なぜやどうしてを積み重ねて、その考えを実証するのです」

「そなたの言葉は、時折、酷く難しいな」


王女殿下は、眉をひそめる。

私は、紅茶に指を差し、


「例えば、その紅茶ですが。私の考えでは、茶葉の初期工程で発酵を止めれば、別のお茶になると考えます」


紅茶品種で作る、緑茶が美味しいかと言われれば微妙だが、私の知識では、緑茶と烏龍茶が作れるはずなのだ。


「そなたの言葉は、難しすぎる故、ゆっくり考えよう」


額に手を当てた王女殿下は、また姿勢よく机に向かう。

私もソファーで寝そべりながら、本の続きを読み始めた。


いつもの日常である。

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