162話 道化と庭園

王都エルム 王宮内


国王の居城である王宮は、4つの区画に分かれていた。


1つ目は、城門から繋がっている中心区。

ルルの職場である厨房や、政治の世界である会議室及び、宮中伯の執務室などがある。


そして、中心区の東西は、クリスや第一王子達の宮殿だ。

西側の区画が、女性の王族の区画となっていて、基本的に、男子の立ち入りは遠慮されている。

東側の区画は、第一王子達など男性の王族の区画である。


最後の区画は、中心区から庭園を挟んで北側にある国王と王妃の宮殿だ。


中心区の厨房と、西区のクリスの部屋しか行った事ない私は、そんな事を思い出していた。


場所は、中心区と北区の中間に存在する庭園。

政治の世界へ旅立った王女殿下と別れた後、何気なく訪れていた。


よく手入れされた庭園は、様々な色の花を咲かせている。

私は知識欲を満たすように、庭園の中を目的もなく歩いていた。


そして、青い薔薇のような植物が敷き詰められた一角で、足を止める。

一面に敷き詰められた青の世界は、幻想的であった。


この庭園の主人も、この場所がお気に入りなのか薔薇に囲まれるように、長椅子が置いてある。


私は、その幻想的な景色を一望できる長椅子に、腰を下ろす。


「悪くないですね」


花に興味はないが、その非現実的な青の世界に感心する。


「そうであろう」


そんな私の言葉に、予想外の方向から言葉が返ってきた。

澄んだ男性の声だ。


声の方を見ると、白銀の髪を風に揺らせたハーフエルフの男が立っていた。


エルフの種族特徴を、強く受け継いでいる者ほど老けないのか、年齢がわかりにくい。

そして、美形なのだ。


男は、その特徴が強く出ていた。


「こんにちは?」

「ええ、こんにちは。道化師よ」


私の事を知っているようで、穏やかな雰囲気で挨拶を返してくる。


もっとも、王宮内にいる時点で、貴族以上の身分がほぼ確定している為、


「どちら様でしょうか?」

「…この場所が好きな同好の士かね?」


遠回しに聞くなと、言われた気がした。

そして、次の言葉を待たずに、私の横に腰を下ろす。


……


お互いにただ無言で、幻想的な景色を見つめる。


「他愛もない話をしてもよいか?」

「他愛もない話は、私の仕事ですが、王女殿下の許可を取って頂いても?」

「ああ、王女付き宮廷道化師であったな。許可は不用であるぞ」


クリスと似たような口調で、許可を取る必要はないと男は言った。


「…なるほど。お聞きしましょう」

「ふふふ、賢き道化よな」

「いえ、馬鹿な道化でございます」


…宮廷道化師とは、王族に無礼な振る舞いをしても許される者だ。


身分を明かさない男を楽しませるように、私は道化を演じる。


「賢い者は、沈む船に主人を残す…か?」

「王女殿下から、お聞きしたのですね」

「どうであろうな」


他愛もない話と言ったとおり、男はただ気晴らしに話しているようだった。


「沈む船の主人は、どうするべきだと考えるか?」

「……」


ただの例え話なんですけどね。


飛躍された例え話に、私はあごに手を当てた。

そして、一呼吸置いて語る。

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