137話 少年と沼 後編

街道を進む荷馬車


「声が聞こえる?」

「うん。今も妹が呼んでる…」


首を傾げるクリスに、虚な瞳の少年は呟く。


私は、荷台から顔を出すと、少年の頭から伸びる魔力の糸を掴もうとして…すり抜けた。


どういう原理なのでしょうね?


ルルを膝枕するフィーナに、顔を向ける。


「お兄ちゃん?」


緋色の瞳と目が合うフィーナは、何?と無邪気に首を傾げた。


あの魔族は、フィーナに関わる事以外は、冷淡であった事を思い出す。


そして、クリスの方に振り向き、


「噂に聞く沼だと思いますよ」

「沼だと?」

「前に話しましたよね。屍人の集落を、沼と呼んでいると」


そんな事もあったかな?と、クリスは思い出すように、雨空を見上げた。


「沼の由来は、屍人になった家族や友人が、呼ぶんだそうです」


そして、屍人の集落に沈んでゆくのだと、怪談話を話すようにアンナは語っていた。


「この者が、そうだと言えるのか?」


疑問を投げかけるクリスに、私は緋色の瞳でうなづく。


「この者を、救えるのか?」

「…無理だと思いますよ」


屍人に誘われる者は、もう心が壊れているそうだ。


そして、旅路を急ぐ私達に、この少年に構う時間は、それ程ない。

人が死ぬ事は、別に珍しい事ではないのだ。


「…妹が呼んでる」

「ここに置いていっても、自分で行くと思いますけど、どうします?」


私は、壊れた少年を無視して、淡々と問いかける。


「そなたは、本当に妹に会いたいのか?」


殿下の真剣な眼差しに、少年はうなづいた。


……

………


沼と呼ばれるモノ


少年と一緒に辿り着いたのは、ただの寂れた街であった。

他の街と少し違うのは、焼き払われた跡地であるという点である。


少年が馬車から降り、街の入口へと歩みを進める。

私達は、それ以上踏み込まずに、少年の後ろ姿を見送った。


そして、背の小さな屍人が、街から現れると少年と抱き合う。


濃い瘴気に包まれる少年。

その中から、こちらを振り向くと、彼は笑っていた。


沼は人を誘い、屍人へと変える。

そして、屍人は人の糧…経験値になるのだ。

都市国家が、本腰を入れて沼を解決しない根本である。


2つの小さな影が、廃墟へと消えてゆく。


「あの者は幸せで、あったのであろうか?」


少年を見送る王女殿下の呟きが、夜風に消えた。


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