136話 少年と沼 前編

街道


朝食を済ませた私達は、外周城壁の南門を抜ける。

外は薄暗く、地面に叩きつけられた雨粒が、音を刻む。


この先に、いくつかの街があるのは確かなのか、街道は武装した行商人の荷馬車が、行き交っていた。


どこの国にも属さない地帯。

それ自体はこの辺りでは、珍しい事ではなかった。


城壁で囲える範囲よりも、大地の方がずっと広いのだ。

あとはこの辺りの特性上、国に属せない者が、村や街を作るだけである。


それは難民であったり、魔物であったり、盗賊であったり…。


荷台の中から、武装した人相の悪い行商人を眺め、そんな事を考えていた。


そして、しばらく進むと、御者の席から二日酔いのルルに代わって、楽しそうに馬車を操るクリスの声が聞こえてきた。


私は、具合の悪そうなルルを膝枕するフィーナから、視線を外し、声のする方へと顔を出す。


「そなた、一人旅か?」

「…はい。旅人さん?」


そこには、難民のようなボロ切れに身を包んだ、影の差す瞳の少年がいた。


「このような場所で、一人旅とはな。当てはあるのか?」


少し前の自分を思い出したのか、クリスは馬の速度を緩め、馬車の横で歩く少年に声をかける。


「妹に会いに行くんです。乗せてってもらえます?」


そう言って、私達の進行方向に指を差した。


「隣街であるか?よいであろう」


クリスが自分の横に座るがよいと、手招きする。

そして、虚な瞳の少年は、御者の席へと座った。


馬車は、またガタガタと音を立てて、進む。


「妹と、はぐれてしまったのか?」

「…戦争に、巻き込まれました」


なぜ一人なのだ?と問いかけるクリスに、少年は答えた。


まあ、この辺りでは、よくある話ですね。


荷台の中から、聞き耳を立てるわけではないが、自然と聞こえてくる会話に、私は反応する。


「そうであったか。しかし、よく妹から便りがきたな」


少年の着ている服から、命からがら逃げ出した事が伺えるのだ。

城壁で閉ざされた世界で、はぐれた相手と連絡が取れるのは、奇跡的と言えよう。


「声が聞こえたんです…」


だが、少年の一言で、私は情報屋のアンナから聞いた話を、思い出していた。


虚な瞳が、先ほどより不気味に感じる。


話にしか聞いた事は、なかったんですけどね。


戦争で、ただ心が壊れかけている少年にしか見えない。


だが、念の為、魔力を瞳に込めて観察すると…


少年の頭から、進行方向に伸びる、魔力の糸が見えた。

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