135話 地図の価値

隊商宿1階


朝食を楽しむクリス達を残し、隊商宿のカウンターへと向かう。


そこには、強面の主人がいた。


「おはようございます」


私が声をかけると、何か作業をしていた主人は顔をこちらに向け、視線を下にずらした。


「あ、ああ…おはようございます」


そして、初対面の時とは違い、少し怯えた表情で、丁寧に挨拶を返してくる。


そんな不自然な動作に、私は首を傾げていると、


「姐さん達、傭兵なら最初に言ってもらわないと…」

「何か問題があるのです?」

「い、いえ…不手際があるといけませんので…」


暴れられたら、手がつけられないという事でしょうか?


何か傭兵に対して、大きな誤解をしているような気がしなくもないと思いつつ、私が傭兵と言ったところで、信じてもらえないだろうなと、考えるのだった。


「よくわかりませんが、聞きたい事があります」


そして、借りてきた猫のように大人しくなった主人に、南東の街を聞いてみる。


「あの辺りは、どこの国にも属してない地域なので、難民街や小さな街はあるらしいですが」


隊商宿に泊まる行商人から、行路にしている程度にしか聞いた事がないと言う。


まあ、都市国家に住んでいる人は、外に出る事はそうないですからね。


「ありがとうございます。あぁ、傭兵達はまだ寝ているのです?」

「ええ、2階の大部屋ですよ」


浴びるように飲んでいたのだ。

ルルのように、きっと二日酔いだろう。


「起こすのも悪いので、降りて来たらまた飲みましょうと、伝えておいて下さい」


チップ代わりに、銅貨を1枚カウンターに置く。


そして、併設された酒場へ戻ると、


「どうであった?」

「街はあるみたいですけど、よくわかりませんでした」


クリスの質問に答える。


「この辺りの地図は、売っていないのか?」


思いついたようにクリスは、問いかけてきた。


「地図は貴重…盗賊が、喉から手が出るくらい欲しがるもの」


二日酔いで、テンションの低いルルが呟く。


「街が襲い放題ですからね」


傭兵ギルドにある地図も、マキナが厳重に保管していたし、作成も傭兵の情報や依頼者の積み重ねで作った貴重品であった。


交易都市クーヨンでも、地図の販売は重罪であった事を思い出す。


「そうであったか」

「個人で作るのは自由ですよ。どこまで正しいのかわかる人は、少ないですからね」


誰が作ったかで、信頼度が変わるのだ。


その点で、クリスの持つ地図は貴重品ですね。

王族の情報網で、作成した地図なのですから。


その価値をわかっていないのか、クリスは無邪気に鶏肉を頬張っていた。

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