132話 誇り高い騎士

「再会と出会いに」

「「乾杯」」


サムソンが掲げたエールに、私とクリスが何度目かのカップを合わせる。


体格通りにこの大柄の男は、飲むペースが早いのだ。


スキンヘッドは茹でダコのように紅潮し、ルルと違い、気持ち良さそうな酔い方をしている。


場所は、隊商宿1階の酒場。

顔見知りの傭兵達で溢れてきたので、サムソンに招かれ、カウンターからテーブルへと移動していた。


ルルは、傭兵の街で知り合った獣人達の席で、どんちゃん騒ぎだ。


「それにしても、こんな場所で出会うとはな」

「話せば長くなりますが、傭兵に転職しました」


こちらは依頼人のクリスと、彼女を紹介する。


「そいつぁ…おっと野暮な事は、やめとこう」


サムソンは、何か言いかけた言葉を飲み込むと、エールをもう一つ注文した。


そして、エールが運ばれると、テーブルの誰もいない場所に置く。


「これは、なんだ?」


クリスが、疑問を口にする。


「こいつは、俺達の儀式ですよ」

「死んだ仲間への餞ですね」


サムソンの言葉に、私は付け加える。

今回の仕事でも、また誰かが死んだのだろう。


「そうであったか」


クリスが、申し訳なさそうに言う。


「俺達は、こういう生き方をしてるんだ、悲しむ事はないさ」


まあ、楽しく飲もうやと、サムソンは付け加える。


「そうですよ、馬鹿な男が、先に旅立っただけです」


死んだのは誰だろうかと考えながら、私は呟く。

色々な顔が思い浮かぶ程、私はあの街に長くいすぎた。


「アリスも、その馬鹿の仲間入りだな」

「そうですねぇ」


私は、自虐的な笑みをこぼす。


「私はそういう馬鹿な男は、好きだぞ」


冒険譚のような誇り高い戦士の生き方だと、サムソンの方を向く。


「こんな美人に褒められるたぁ、この生き方も悪くねぇなぁ」


サムソンは、演技かかったオーバーアクションで、エールを一飲みした。


「だけど、誇り高いねぇ…」


そして、エールをまた注文して、何か思い出したのか呟く。


「俺の誇りは、とっくの昔に死んでるなぁ」


追加されたエールを揺らし、独り言のように、


「俺は何も最初から、傭兵だったわけじゃない。昔は…騎士だったなぁ」

「ほぅ」


クリスは葡萄酒を片手に、興味深そうに聞き入る。


私はサムソンが、あのマキナから信頼される程の腕利きだった事を思い出して、一人納得した。


「この辺りじゃ、よくある話よ。主を守れず、死にぞこなった恥晒しさ」

「騎士になれる程の腕なら、別の国に仕えた方が、今よりずっと良い生活が、できたんじゃないです?」


私がそう問いかけた言葉に、クリスは怒るように眉をひそめる。


そして、酔いが深くなっているサムソンも、珍しく私を睨みつけるが、すぐに表情を崩し、


「騎士のぉ叙任式を、知ってるかぁ?」


呂律の怪しい言葉に、私は首を傾げた。


サムソンは、腰に下げた剣を鞘に納めたまま持ち上げ、片手で肩を3回叩く。


「主君に剣を差し出し、主君は抜き身の剣で、騎士になる者の肩を叩くのだ」


クリスが、その動作を解説した。


「我が剣と命は主の為に…」


サムソンは、懐かしそうに呟く。


「二君に仕えるのは騎士じゃねぇ…って、つまらない話をしちまったな」


サムソンは、傭兵の戯言だと言い、またエールを流し込んだ。


それを聞いていたクリスは、


「サムソンと言ったな。そなたは…誇り高い騎士だ」


真剣な表情で語りかけるクリスの横顔が、なぜか眩しく見えるのだった。

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