131話 王女と葡萄酒

大人になったら、美人を連れて洒落たバーのカウンターで、一杯。

マスターに新作のオススメは?と聞き、お任せのカクテルを楽しむ。


そんな事を考えていた時期が、遠い昔にあったかもしれない。


そして、今、私の横では都市国家一、いや、大陸一美人かもしれない王女殿下が、葡萄酒を楽しんでいた。


場所は、隊商宿1階の酒場。

王族が嗜むには安物すぎる葡萄酒を、殿下は嬉しそうに味わっている。


庶民の酒場に似つかわしくない優雅な作法で、銀色のカップを回す王女殿下。


その右側には、長身で紳士の…ではなく、可愛らしいアリスちゃんがいた。


「名無しさんが、何を考えてるか、なんとなくわかるのです」


王女殿下の横顔を眺める私の視界に、殿下の左側に座る、ルルが映る。


その頬は薄紅色に染まり、知らぬ者から見れば、魅力的に映らなくはないのだが…


また酔っ払いに絡まれる…

こいつ酔いやすいうえに、酒癖が悪いんだよな…


嫌な予感がしたので、私は目を逸らした。


同時に背後から、外の扉が開く音と男達の喧騒が、夜風と共に訪れる。


「お嬢ちゃん達、そろそろ帰った方がいいぞ」


酒場のマスターも兼用している強面の主人が、声をかけてきた。


「なぜだ?」


安物の葡萄酒を楽しむクリスが、疑問を投げかけた。


「戦場帰りの傭兵達だ。お嬢ちゃん達がからまれたら、俺はなんにもできないぜ」


私達の背後に聞こえないように、そっと囁く。


「ほぅ」


王女殿下が、背後に振り向き、見定めるように呟く。


「あぁ、ハゲです!ハゲがいるのです!」


同じように振り向いたルルは、酔っ払いらしい大声で、指を差した。


私は勘弁してくれとばかりに、カウンターに頭を伏せた。


「ああ!?誰がハゲだぁ!?」


背後から怒声と共に、大男の足音が鳴り響く。


…謝ろう。


そう心に決め振り向くと、


「あ?ルルとアリスじゃないか!?」


そこには、見慣れたスキンヘッドのサムソンがいた。


ああ、そういえば傭兵なんて、顔見知りしかいなかったですね。


苦笑いで返す私。


酔っ払いのルルは、サムソンを指差しハゲ!ハゲ!と喜んでいた。

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