117話 転職の誘い 前編

傭兵ギルド


城門での騒動の後、野次馬の中に紛れていたマキナに見つかると、何かを依頼したいらしい灰色のローブの女性を連れ、傭兵ギルドへと移動した。


休日の為、ガラリと空いた机へと私は座り、依頼主らしい彼女は対面へと座る。


マキナは私の後ろに立ち、珍しい事にクロードが壁に背を預け、こちらの話を聞こうとしていた。


「ラクバールの騎士団に追われているみたいですが、自己紹介をしていただいても?私は、傭兵ギルドの受付をしているアリスです」


都市国家ラクバール

ここから、北東を支配する巨大都市国家だ。

近年は東へと快進撃を進め、南東の都市国家群と戦乱を広げている。


傭兵を派遣した事もあるお客様ではあるが、そこの騎士団が強襲してくる程の人物が、ただの平民とは考えにくい。


そう考察をしていると、彼女は灰色の外套を脱ぎ、その特徴的な耳が現れる。


「クリスティーナ・エルム・フォン・アインザームである」


真っ直ぐとこちらを見据え名乗る彼女に、どことなく威厳と気品を感じる。


「ハーフエルフの貴族様でしょうか?」


彼女の特徴的な耳から、推測を口にすると、


「都市国家エルムを、知らぬのか?」


彼女は眉を潜め、怪訝な表情を浮かべた。


…都市国家エルム

聞き覚えのない国家名に、頭を巡らせていると、


「フィーナの故郷じゃ。ひきこもりエルフの通称の方が、有名じゃろ」

「私の知る限り、ハーフエルフはあそこにしか住んでないな。そして、貴族ではなく王族とはな…」


クロードとマキナが、助け舟を出すように呟く。


「そなたも、エルムの出身であろう?」


ハーフエルフが、このような場所にいるとは思わなかったと、クロードへ言葉を投げかけるが、


「そうであるとも、ないとも言えるの。儂達が産まれたのは、エルムから罪人流しになった村じゃ」

「…つまらぬ事を聞いた」


微妙な空気になりそうだったので、


「それで、ご依頼とは?ああ、殿下とお呼びすれば、失礼には当たらないのでしょうか?」

「父上が王にあたるから、王女殿下が無難な呼び方であろう。殿下は、親しい間柄の呼び方になるな」


そして、何か思いついたのか、少し楽しそうに、


「ただ、今は護衛も持たぬ依頼人であるから、クリスと呼んでもらって構わないぞ。そして、依頼は私の護衛だ」


クリス呼びの方が、殿下より親しい間柄の呼び方ではないかと、疑問に思いつつ、


「護衛と言いますと、どちらまで?」

「都市国家エルムまでだ。ラクバールの騎士団に襲われる可能性がある為、それなりの騎士が欲しいのだが」


旧ゼロス同盟の東の端まで、ラクバールの騎士団に追われて護衛ですか。


随分と難易度の高い依頼だなと、頭の中で地図を辿っていると、


「報酬はどの程度、用意できるのだ?」


王族であろうと口調を変えないマキナが、問いかけた。


「騎馬から逃げるのに、旅袋を捨てねばならなくてな。報酬は国に着いた時に、望むものを私のできる範囲で叶えよう」


王族という環境からなのだろう。

頭が痛くなる言葉が、彼女から放たれる。


「殿下。ラクバールの騎士団を相手に故郷までの護衛となれば、数百の傭兵が必要でしょう。また先程、騎士が欲しいと仰いましたが、ここにいるのは盗賊崩れの野蛮な男共でございます。それが、成功報酬となれば、道中殿下の身に危険が及ぶかと、危惧いたしますねぇ」


引きつった表情で、マキナから嫌味たっぷりの聞いた事がない丁寧なお断りが入るのであった。

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