第72話 獣人と小さな盗賊

何かの気配を感じて、藁の布団から起き上がる。


目の前で、ルルが泣いていた。

手には、刃が折れた短刀が握られている。


そして、長年連れ添ったゴシック調のメイド服は短刀の刃で刺されたように、所々穴が空いていた。


「俺を…刺したのか?」


なぜ?なぜ?

その言葉が堂々巡りし、頭が混乱する。


「ごめんなさい…」


ルルは泣きながら、消え入りそうな声で繰り返していた。


「理由を言え…」


俺は立ち上がり殺気を込めて、告げる。

だが、ルルは座ったまま、うつむいて泣いているばかりだった。


馬鹿馬鹿しい…。

天井を見上げ、一呼吸する。


ルルとの数ヶ月の思い出を頭に巡らせ、気持ちを落ち着かせる。


殺されかけたわけじゃない。

殺そうとしてきた相手が、俺の防御を貫けなかっただけだ。


冷静になれ…選択肢を間違えるな。


自分に言い聞かせて、また一呼吸。


そして、俺は、


「そこのお嬢さん?何かお困りですか?」


ルルは、肩をピクリと反応させた。


「何かお困りでしたら、名無しがお話しを聞きますよ?」


俺が落ち込んでいる時にかけられた言葉で、意趣返しをする。


「…怒ってないのですか?」

「俺の広い心に、感謝するんですね」


涙声で顔を上げた彼女に、いたずらっ子の笑みを返してやる。


「ルルは、名無しさんを殺そうとしました」

「おかげで、俺の服は再起不能だよ」

「ルルを…殺しますか?」


そこには、真剣な目で問いかけるルルがいた。


「俺はな、解体ができない…」

「…知ってます」

「火をつけようと魔法を使ったら、火事になりそうになった事もある」

「…知ってます。不器用ですよね」

「あの時は、ルルに本気で、バカと言われた気がした」

「ルルは本気で、バカだと思いました」


涙目のルルが、少し笑う。


「だから、俺にはルルを殺せない」


恥ずかしいから、その先は言わない。


「…バカなんですか?ルルは本気で、殺そうと…しました」

「問題はそこだ。俺には心当たりがない。寝ている時の不可侵条約もしっかり守っているしな」


最後に冗談を付け加える。


「…ルルは、名無しさんを利用しました。名無しさんがいれば、食べ物に困らないと思ったからです」

「それは、お互い様だ。俺も住処が欲しいと思った」


お互いの利点が合うから、人は共にいるのだ。


「でも、名無しさんについていく人と、親分についていく人に分かれてしまいました」

「派閥が、生まれたのか」

「ルルは間違えました。最初は良い案だと思ったのです」


最初は良い案だと思ったか、


「大盗賊の物語のセリフみたいだな」

「知っているのですか?でも、ルルはあんなに運が良くなかったみたいです」

「俺はあの物語は、諦めなかったから、掴めた運だと思っている」


ルルはその言葉を聞いて、


「でも、ルルには無理です」

「そうか。俺は明日には、この集落を出るぞ」


ハッキリ言って、馬鹿馬鹿しい。

こんな小さな集落の派閥争いに、なぜ俺が巻き込まれないといけないんだ。


「そうですか。寂しくなりますね」

「 殺そうとしたやつのセリフじゃないな」

「…名無しさんは、いじわるです」


人というのは、まったく矛盾した生き物だなとつい言葉に出てしまったが、軽口が過ぎたらしい。


「まあ、喜べ。ルルも一緒だ」

「…ルルは、ここでの生き方しか知りません」

「俺はここ以外での生き方を少しは知ってるから、大丈夫だ」

「…ルルは獣人です。他の場所では、人間と暮らせないと聞きました」

「俺には力がある」

「…ルルには無理です」


また彼女は、うつむいた。


「親分が良い事を教えてくれた。盗賊は欲しいものは力で奪えとな」


ルルが、顔を上げる。

盗賊の流儀が、彼女の琴線に触れたらしい。


「恥ずかしいから、二度と言わせるなよ。一人じゃ解体もできない、火もつけれない俺には、ルルが必要だ」


ルルは、小さくうなづいた。

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