第60話 砂の王 中編 改稿


バケモノの口が、全てを飲み込もうと大きく開く。

漆黒の口内は絶望的に暗く深く、底がないように思えた。


小さな悲鳴がその闇から聞こえ、血と臓物の生臭い匂いと共に、真っ赤な舌が姿を現す。

だが、不思議と恐怖心は感じなかった。


…試してみるか。


——その目は、見せない方が良いわ


…瞳を閉じる。

 

そして、両目に魔力を集中させると、再び見開いた。

視界には眩い程の魔素が溢れている。


——全てを


右手に魔素が集まるのを感じた。


…初めての戦闘が、こんなラスボスみたいなバケモノなんてな。


静かに一歩を踏み出す。


…なのに、こっちはレベル1。

1だぜ?笑っちまうだろ?


剣を構える女騎士の横をすり抜ける。


「…笑っちまうけどよ」

「…おい?」


俺はバケモノの前に立ち塞がった。

彼女の声は届かない。


——グルルァァァァ!!!


目前に迫る巨大な魔物を前に、笑みが浮かぶのを感じる。


「…誇り高い剣士か」


…ははは。


いいね、それ。

カッコいいじゃないか。


俺は右足をゆっくりと踏み込むと腰を落とし半身になって、右手を奥に引き込む。


——おまえらみたいのとは違うんだよ


「こんな俺でも…」


そして、左足を強く踏み込んだ。


「なれるかなぁッ!?」


目を見開き、一気に右手を薙ぎ払う。

そして、縦に振り下ろした。


——見えない刃


女騎士には十字に祈りを捧ぐようにしか見えなかっただろう。

眉を寄せて首を傾げると、動きを止めたバケモノを不思議そうに眺めていた。


…レベルが上がりました。

…レベルが上がりました。

…レベルが上がりました。

…レベルが上がりました。

…レベルが…


踵を返し、女騎士の方へ歩く俺の頭に響く声。

よく見知った言葉だ。


「…ハハ」


自然と笑い声が漏れる。


「何を笑っている?」


突然、笑い始める俺に、怪訝な表情を浮かべる。


「ステータス オープン」


アリス レベル32

攻撃 960

防御 660

知力 660

魔力 320

速さ 660


「…これがレベルアップか」


…素晴らしい。


「くくく、はははッ!」


彼女を無視して笑い続ける。


「恐怖で壊れ…」


——ズズズ


女騎士が怪訝な表情を浮かべながら、未だ動きを止めるバケモノに視線を戻した時だった。


——ズドォォン!!


突如、轟音が響き渡る。

硬い鱗に覆われた巨体が、青い血飛沫を上げながら崩れたのだ。

 

「なんだとッ!?」


驚愕に目を見開く彼女。

俺とバケモノの死骸を交互に見つめる瞳は揺れていた。

混乱する女騎士を他所に、自分のステータスを思い返す。


光の勇者でさえ、レベル50の限界値でステータスは500…。


小さな手のひらを握る。

力が湧き溢れてくるようだった。

 

レベルが上がっただけでこうも違うとは…。


まるで細胞が進化したような感覚なのだ。

循環する魔力は力強く全身を巡っている。

高揚感に包まれると同時に、ある考えが脳裏を過った。


「…この力、試してみるか」


先程まで攻められていた要塞を見つめると笑みを浮かべる。

城壁は無事で、その上にこちらを見て騒ぐ敵兵の姿が見えたのだ。


「…何をするつもりだ?」

「…見てればわかるさ」


戸惑う彼女にそう言うと、空中の魔素に意識を向ける。


イメージは攻城魔法だ。

いや、攻城魔法なんて生易しいものじゃないかもしれない。


俺は右手を掲げると、


「…メテオ」


言葉で明確な意図を魔素に伝えて、魔法を放った。


その瞬間だった。

大気が揺れ、頭上からは風を切る音が届く。


「…なんだあれは」


要塞の上空を見上げたまま、唖然とした表情の女騎士。

上空に現れた黒い塊は次第に大きくなり、ついにその姿を見せたのだ。


——ゴゴゴゴゴッ!


そんな音を立てながら隕石が落下すると、城壁に衝突し激しい音と共に砂煙を巻き上げる。


——ドゴォォン!


そして、すぐに次弾が降り注ぐ。

 

「…馬鹿な」

 

彼女は信じられない光景に、呆然と立ちすくむ。

次々と飛来する流星群が直撃し続け、要塞は見る影もなく崩壊している。


この世界では、誰も見た事のない魔法。

城壁による防御の根底を覆す魔法。


砂埃が風に吹かれて消えていく。

クレーター状に窪んだ砂漠の中央には、燃え盛る瓦礫の山だけが残されていた。


城壁より遥かに脆い人など、文字通り跡形も無く消し飛んだのだろう。


…レベルが上がりました。

…レベルが上がりました。

…レベルが…


——わかる人にはわかるから


エリー様の言葉が頭を過ぎる。


——言い伝えでは、異種族を殺す事で経験値が入るらしいわ


マリオンの言葉を思い出す。


…俺が最初に設定した種族は。


アリス レベル36

真祖


「…なるほどな…くくく」


魔物も人も等しく俺の糧になるのだ。


「アハハハハ!!」


俺は右手で顔を抑えると、馬鹿笑いをあげる。

もう止まらない。

止めようとも思わない。


…最高の気分なんだ。


笑い続ける俺を、女騎士は茫然と見つめていた。


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