第61話 砂の王 後編 改稿

北の砂漠


燃え盛る瓦礫の山。

砂漠に散らばる屍。

巨大なバケモノの肉片。


そんな地獄の光景に佇む俺は、嫌な笑みを浮かべていた。


…力だ。

圧倒的な力を手に入れたのだ。


西に広がる緑豊かな山々を眺める。

一陣の風が草花の匂いを乗せて、優しく頬を撫でた。


見渡せばどこまでも続く広大な景色。

城壁のない世界には、自由が満ち溢れていた。


自分の小さな手のひらに視線を落とす。

 

この世界で目覚めた時、俺は見知らぬ草原に横たわっていた。

あの時と同じように、自由な風が長い髪を揺らす。

 

だけど、あの時は言葉も文字もわからず不自由を強要され続けた。

その証である奴隷紋は赤く輝いている。


今、俺は見知らぬ砂漠にいる。


「あの時と違うのは…」


身体が自然と動いた。

砂漠に散らばる持ち主を失った旅袋。

中を漁れば干し肉と水筒が入っている。


それをいくつか集めては、一つの袋にまとめると肩にかけた。


…これも持っていくか。


持ち主を失った剣を腰に差す。


「…何をしている?」


振り返ると、女騎士がこちらを睨みつけていた。

その瞳からは動揺が見て取れる。


「…自由になるのさ」


そう言って背を向けると、そのまま砂丘へと歩きだす。


「その奴隷紋の事なら問題ない。私がいれば都市に入れる。マリオン様も事情は理解してくれるはずだ」


赤く変色した紋様を指差しながら女騎士が言う。


「…ああ」


曖昧に頷くと、


「…!」


俺は魔力を波のように周囲に飛ばした。

瞬く間に広がる波が遠くで動く集団を感知する。


イメージはレーダーだったのだが、


「…失敗だな」


方向と感覚的な距離、大まかな人数を感じるだけで、波が通りすぎれば何もわからなくなる。


何より身体から抜け落ちた魔力が、膨大であった。

消費が激しいから、常時発動はできそうもない。


彼女を無視して、俺は小さな砂丘の頂に立った。

捉えた気配の方角を見れば、遠くに傭兵団の姿を確認する事が出来た。


隊列を整えた混合軍が、斥候を飛ばしたのだろう。

それに背を向け、女騎士の方へ砂丘を降る。


「もうすぐ友軍が来る。マリオン様には世話になったと伝えてくれ」

「…それが本来の口調なのだな」


その言葉に思わず苦笑する。


「ああ、可愛いアリスちゃんはもうやめだ。残念だったな」

「はは、そっちの方が似合ってるぞ」


彼女が珍しく微笑み、和やかな空気が一瞬流れる。

たが、目が合えばすぐに鋭いものに変わった。

 

「戻るのが嫌なのか?」


彼女は問う。

俺は森で覆われた山々を見た。

…魔物と盗賊の住処ね。


後方からはマリオンの屋敷への道が砂埃を巻き上げながら近づいてくる。


この二つに分かれた道。


片方は変わらぬ快楽の日々が続くだろう。

城壁という名の檻に囲まれ、奴隷紋という名の首輪に繋がれても、幸せかもしれない。


悪趣味ではあっても容姿端麗な美少女がご主人様なのだ。


もう一方の道は…。


——こんなクソみたいな夢で、終わってたまるかよ


ああ、そうだよな。


「…嫌じゃないさ」


俺の答えに安心したような笑みを浮かべる彼女は、手を差し出した。


「ならば帰ろう」


たが、その手を握る事なく、代わりに小さく首を振る。


「好きなように生きてみたくなった」


旅袋を担ぐと、彼女の横を通り過ぎる。


「…待て」


女騎士の声を無視しながら歩みを進める。


——キィィィ


剣を鞘から抜く音が耳に届く。

振り返れば彼女は諦めたような表情でこちらを見ていた。


「主人の所有物の逃亡を見逃す事はできん。殺しはせぬが、動けぬようにさせてもらう」

「…本気…なんだな」


彼女の表情は変わらない。


「勝てると思っているのか?」

「模擬戦の結果を忘れたのか?」

「…俺があの時と同じレベルだと?」


不敵に微笑むが、彼女の瞳は揺るがない。

それは俺にはない輝きを放っていた。


力の差を理解した上で、あのバケモノに立ち向かえるのだ。

騎士とはこういうものなのだろう。


彼女は距離を詰めるように砂を蹴る。

いつぞやの模擬戦のような速さは感じられない。


スローモーションのように流れる景色。

両手で持った剣を上段に構えると、迷いなく剣を振り降ろしてきた。


俺はガラ空きになっている懐に飛び込むと両手で掴む。

身体を捻り、勢いそのままに背負い投げた。


「ぐっ!」


背中から地面に打ち付けられた彼女だが、砂漠の砂が衝撃を吸収したようだ。

驚いた表情で見上げてくる。

 

その表情に満足気に微笑んだ俺は、


「世話になったな」


そう言って彼女を残し背を向けた。

そして、西へと旅立つ。

 

山々からは自由な風が草原を撫で、心地よい香りが運ばれてくる。

空を見上げれば、ただ青空だけが広がっていた。


——さぁ、夢の続きを始めようか



砂の王 イメージイラスト

https://kakuyomu.jp/users/siina12345of/news/16817330651557335694


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