第53話 戦争の気配 改稿

あれから数日が経過した。


日課をこなすリナと雑談を交わしながら、野良猫と戯れるのが、今の生活の中で楽しみの一つとなっていた。


——本日の夕食は食堂で摂るよう言伝がありました


普段は自室で過ごす夕食。

珍しい連絡を受け、案内された先は一階にある大きな食卓だった。


長いテーブルの端の席に案内されると、上座に座る人物と目が合った。


「ふふ、遅かったわね」


金色の髪の少女、マリオン・フロレンスだ。


無駄に長いテーブルに料理が運ばれてくる。

大人数の会食に適した長方形の食卓には、俺達しか座っていない。


上座には館の主が座り、その対面の先の下座…ではなく彼女の斜め横に案内されていた。

前菜のサラダをフォークで口に放り込みながら、疑問を投げかけてみる。

 

「なぜ、ここなのですか?」

「あら?当たり前じゃない」


何が当たり前なのだろうか。

彼女は不思議そうに首を傾げている。


「…ああ、呼ばれた理由?」

「ええ、それもありますが」


俺達の会話を他所に、給仕のメイドがスープの入ったカップを静かに置いていく。


「あと二週間のうちに、戦争に行くのよ」

「…戦争ですか」

「傭兵団の準備も整ったからね。斥候からは敵が数百人規模で、集結しているらしいわ」

「…へぇ」


…コーンスープか…甘いな。


現実感の感じられない言葉を、他人事のように思う。

いや、実際に自分には関係のない話なのだろう。


スプーンですくい上げたスープを見つめると口に運ぶ。

そんな俺を面白そうに見つめると、彼女は言葉を続けた。


「あら、心配ではないのかしら?」


そう言いながら彼女もスープを口元へ運ぶ。

その洗練された仕草を眺めながら、どう答えたものか思案する。


「正直、何から心配したらいいのか」

「そうね。まず私が総司令官よ」


誇らしげに胸を張る。


「編成は私の騎士団30人とノース侯爵第三騎士団100、あとは傭兵団500くらいね」

「騎士団長や、他の騎士団は行かないのですか?」


この世界の戦争の規模がわからないが、総勢630人とは少なくないのだろうか?


「ここの守りが必要よ」


…確かに。


「戦力としては、圧倒的に有利というわけではないのですね」

「そうね。精鋭を集めたつもりだけど、敵に人外がいない事を期待するわ」


ああ、なるほど。

単純な数と戦術の戦争ではないのか。

一騎当千の猛者がいるだけで、戦局が変わるのだろう。


ならば、


「ここで迎え撃つというのは?」

「経験済みよ。結果はここを迂回されて、後方の村が襲われたわ」


籠城戦に付き合う程、敵も馬鹿ではないらしい。

領内の都市や村の位置情報も、持ち帰られてしまい散々だったらしい。


そんな会話を邪魔する事なく、肉料理が並べられる。


「他に、心配はないのかしら?」


ナイフでステーキを切りながら問いかけてくる。


「…?」


牛ヒレ肉のような柔らかさを口の中に楽しみつつ、俺は首を傾げた。


「私が、戦死した時の奴隷の扱いよ」


——ガチャッ!!


彼女がそう告げた途端、近くで金属音が響く。

反射的に音のした方向を見ると、顔を青ざめさせた少女が震える手で銀の食器を床に落としていた。


…リナだ。


「…失礼しました」


彼女は慌てて立ち上がると、床に転がった銀食器を拾う。

そんな姿をマリオンはチラリと見ると、視線を戻した。


「それなら…」


ここで読んだ王国法の書物で知っている。

奴隷は主人の所有物であるから、主人が亡くなった場合、相続権がある者に譲渡される。


一般的には奴隷市場で売られるか、破棄されるらしい。

前所有者の物に、愛着などないという当たり前の話だ。


「…知ってますよ」

「…ふふ」


彼女は愉快そうに笑う。

それは小悪魔的で、どこか妖艶さすら感じさせる笑顔であった。


「だからね、戦場に連れていってあげるわ。死ぬ時は一緒よ」

「…はぁ…本心は?」

「死ぬ時はアリスちゃんを抱いて死にたいの」


満面の笑みを浮かべるマリオンから、歪んだ愛情を感じるのであった。


そして彼女は、


「…今夜も楽しみましょうね」


目を細めて、俺の反応を楽しむように告げた。

堕落した夜が更けていくのだった。


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