第52話 北の砂漠 改稿

ガレオン子爵邸 連絡通路


猫は癒しだと誰かが言った。


褐色肌の少女はしゃがみ込むと、猫達とじゃれ合っている。

餌をあげるふりをしては、手を引っ込め、楽しそうに微笑んでいるのだ。


それを後ろから眺めていた。


「猫が好きなんですね」

「…うん、好き」


こちらを見る事なく答える。


「私もあげたいな」

「…うん」


彼女の横にしゃがみ込み、餌という名の残飯を受け取る。

それを目印に猫達が集まってきた。


頭をすり寄せる猫に、そっと手を伸ばすが逃げられてしまう。

残念そうな顔で横を見れば、クスクスと笑う少女がいた。


「…アリス様も奴隷なのですね?」

「ああ、貧民街を彷徨ってたら拐われた。それからずっとさ…」


互いの奴隷紋を確認するように言葉を交わす。


「ええと…きみ…」


…そう言えば、名前を聞いてなかったな。


誰かと親しくなるなんて、随分なかった。

だから、そんな当たり前の事も忘れてしまっていた。


「…リナ。私は村を襲われて、ここで売られた」

「…村?」

「うん、北にある砂漠の中の村…」


嫌なことを思い出させてしまったようだ。

リナの表情は少し暗くなってしまった。


「…傭兵に拐われて、マリオン様に買われた」

「…へぇ」

「…この髪にこの肌が珍しいって…」


彼女は自虐的な笑みを浮かべる。


「恨んでいるのか?」

「…わからない。でも私はマシな方…」


意味深な事を呟く彼女の瞳の奥には、恐怖と諦めのようなものを感じた。


「…無神経って言われない?」

「…はは」


眉をひそめる少女に乾いた笑いを返す。


「悪いな。同じような境遇だったから、聞いてみたかったんだ」

「…あなたの故郷は?」

「記憶にないよ。気づいたら飢え死にしそうになってた」


奴隷商人の館にいた時のような会話。

馴染んだアリスちゃんの口調から、素に戻っていた、


「ここから北って事は、アルマ王国じゃないんだよね?」

「…うん、砂漠の中の村、ただそれだけ…」


「それだけだったのに…」と寂しそうな顔をする。


「砂漠か。行ってみたいな」

「…もし行くなら、砂の王に気をつけて」

「砂の王?」


何かの現象だろうか?


「村の外に出る時は、砂の王の住処は通らないようにって言われてた」


それは砂漠に住む何かのようで、時期によって住処を変えるらしい。


俺が知っている砂漠とは違うかもしれないけど、怪しい場所があったら注意しよう。


…砂漠に行く機会は、マリオンに言えば連れて行ってくれるかな?


その後、リナと他愛のない話をしつつ時間を過ごしていると、いつの間にか陽は沈み始めていた。


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