第38話 女騎士と奴隷 中編 改稿

ガレオン子爵邸 中庭


そこは綺麗に整えられた芝生が一面に広がっていた。

花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。


そんな花々に囲まれるようにして立つと、女騎士と向かい合った。


「…よろしいですか?」


身軽な服に着替えた俺は頷くと、女騎士はゆっくりと木刀を構える。

それに合わせて、俺も腰を落として木刀を構えた。


「どうぞ…」


子供の遊びに付き合う程度の気持ちなのだろう。

先手を譲るつもりのようだ。


…最初から全力でいかせてもらおうか。


ただし切り札になるような魔法は使わない。

ただのお遊びなのだ。

身体強化魔法をかけると、地を蹴る。


…剣を振るのは二年ぶりか。


一瞬で距離を詰めて上段からの一撃を放った。


「…ッ!?」


——カッ!


木刀がぶつかる音が響いた瞬間、女騎士は驚いたように目を見開き距離を取った。

俺は気にせず再び駆け出すと、今度は横薙ぎの一閃を振るう。


だが、それはあっさりと受け止められてしまう。

そして、信じられないような馬鹿力で木刀を上に弾かれると、喉元に向けられた突きが飛んできた。


咄嗟に身を屈めて躱すと、足払いをかける。


「くッ!?」


体勢を崩したところを狙うつもりだったが、すぐにバックステップで距離を取られてしまった。

俺は木刀を拾い構えると、呼吸を整えながら次の攻撃を考える。


…ステータスは圧倒的に相手が上なんだろうな。


身体強化された状態でも、軽く力負けしたのだ。

そんな事を考えながら隙を探っていると、今度は女騎士が攻めてきた。


「ハァッ!」


袈裟斬りの軌道を描きながら、振り下ろされる一撃に対して受け流すように弾く。

すると、女騎士はそのまま一歩前に踏み込むと身体を捻り横薙ぎを放つ。


それを紙一重で避けると同時に、下段からすくい上げるように木刀を振り抜いた。

どうやら剣術レベルは俺の方が優っているようで、互角の勝負になっている。


そして、また打ち合いが始まる。

だが、俺の魔力量には限界があった。


「…はぁ…はぁ…はぁ」


…そろそろキツいか。


肩で息する俺に対して、女騎士は涼しい顔で平然としている。

そんな一瞬を見逃さなかったのか、踏み込んできたと同時に鋭い一撃を放つ。


——ガッ!


なんとか受け止めたものの、そのまま吹き飛ばされてしまった。

体力も魔力も底をついた俺に、女騎士の木刀が首元で止まる。


「…参りました」


空を仰ぎ見ながら両手を上げて、降参したのだった。


…久しぶりに全力で剣を振ったな。


降り注ぐ日の光を受けながら空を見上げていると、隣に立つ彼女が話しかけてくる。


「交易都市で暮らしていたとお聞きしましたが、恐ろしい才能ですね」


褒めているのか呆れているのか判断がつかないが、その声色は少し嬉しそうに感じた。


女騎士が手を差し伸べてくる。


「レベルは1ですよね?」

「はい。ただ剣の訓練は奴隷商人のところで…」


差し伸べられた手を握り、ゆっくりと立ち上がると、服についた汚れを落とす。


「私はレベル8なのですよ」


さほど表情を変えなかった彼女が、初めて笑顔を見せる。


騎士というのは、実直な脳筋なのか。

彼女の事が、少しだけわかった気がした。


それから部屋に戻るとシャワーを浴びて、いつものメイド服に袖を通す。

シャワー室から出ると、女騎士が直立不動の姿勢で立っていた。


「今度また剣の相手をしてくれますか?」

「はい。お受けいたします」


言葉遣いは変わらないが、表情は少し緩んでいるように感じた。


「力も速さもまったく敵いませんでしたが、こればかりはレベルを上げないといけないのですよね?」

「そうですね。ただスキルレベルやスキル習得は、訓練で身につきます」


その後も彼女との会話は続く。

やがて、窓に差し込む光がオレンジ色に染まった。


「交代の時間になりました。本日の夕食は別の者が担当します」

「普段もそういう口調なのですか?」


事務的に部屋を去ろうとする彼女に尋ねる。


「…そうです」


振り返った顔は淡々とした口調とは裏腹に、困っているような表情を浮かべていた。

それはいつか見せた表情だ。


「…友人にも?」


その言葉に何かを感じたのだろう。

少しの間を置いて彼女は答えた。


「その…先日はすまなかったな。習慣とはいえ、物を扱うような言い方をして…」


その口調は先程までとは異なり、本来の姿を垣間見た気がした。

そして、そんな姿を隠すかのように、扉を閉めて去っていくのだった。

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