第36話 いつか見た夢の間 改稿

——賢者の書


等身大のクリスタルが台座の上に鎮座しており、その周囲を無数の光が舞っている。

無機質な室内は、それが放つ青白く幻想的な光に照らされていた。


いつか見た夢の続きではない。

確かに目の前に存在するのだ。


ここは賢者の書が保管されている部屋だ。

マリオンに先導され、塔の管理者から案内された部屋だった。


賢者の書の部屋に入るのは、一人。

ただそれに触れれば良いと説明されたのだ。


俺はゆっくりと足を進め、賢者の書と呼ばれる物の前に立つ。


「…これは一体何だ?」


目の前の光景に思わず言葉が漏れる。

だが、本能的に触れてみたいと衝動に駆られた。


…手を伸ばす。


そして、指先がクリスタルに触れると同時に、頭の中に声が響いてきた。


——アカシックレコードに接続します


驚いて、周囲を見渡す。


—データリンク


見渡すが、人の気配はない。

この機械音のような声は、頭に直接響いているようだ。


——ダウンロード完了


この世界で、聞いた事のない単語。

だが、元の世界では聞き慣れた単語。


——リンク完了


頭の中で響く声が告げると、目の前の巨大な水晶体が小さく瞬いた。


そして、訪れる静寂。


「…これで、終わりなのか?」


当然、答えてくれる者などいない。


…なら、


—ステータス オープン!


この世界に訪れて、何度か試した呪文。

だが、何も起こらなかった呪文を唱えた。


期待を込めた眼差しを向ける中、空中に文字が浮かび上がる。


============

アリス Lv1

所有者 マリオン・フロレンス

攻撃 30-30

防御 20-20

知力 20-20

魔力 10-10

速さ 20-20


スキル

剣術Lv8 打撃耐性Lv8 身体強化Lv12

魔眼Lv4 魔力操作Lv10 創造魔法Lv20

============


「ははッ」


思わず乾いた笑いが漏れた。

想像以上の結果だったからだ。


この世界の人々はレベルが上がる度に身体能力が強化されるという。

そして、成長限界に達した時、レベルは止まるのだ。


だが、俺はどうだろうか?


——1〜2で平凡…10は人外よ


予想通りのチートな才能値。

そして、自分で決めたわけではないアリスという名前。

所有者と合わせて、これは他者からの認識が、反映されるのだろうか?


だが、奴隷商人の館であれだけ訓練したにも関らず、レベルは1のままだった。


——言い伝えでは、異種族を殺す事で経験値が入るらしいわ


訓練はスキルレベルには関係するが、レベルは別なのか?


「まあ、機会を待つか…」


それにしても、才能合計値が40で勇者なら、才能合計値が100の俺は…。

嫌な笑みを浮かべて、俺は部屋を出た。


——ガチャ


「問題なかった?」


部屋を出ると、マリオンが立っていた。

どうやら待っていてくれたらしい。


「はい、不思議な感覚でした」

「そうね。頭の中に、意味不明な言葉が響くのよね」


笑顔で答える俺を見た彼女は、少し安心したようだ。

そのまま二人で塔の外へと向かう。


「あれは、どういう意味なのです?」

「王宮の魔術師なら、研究しているのかもね」


興味がないようで、素っ気なく返されるだけだった。


「それより、少し用事が出来たから、しばらく帰らないわ」

「…私はどうすれば?」


帰らないという事は、屋敷でお留守番だろうか。


「あとで、奴隷紋の範囲を貴族街の中に変えておくわ」


身の回りの世話は、女騎士をつけるからと言うと、彼女は急ぐように外へと向かって、歩き始めた。


俺を物として扱う騎士は苦手なんだよなと思いながら、彼女のあとを追いかけるのだった。

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