第32話 賢者の書 改稿

——賢者の書


魔術師達から、そう呼ばれている何かだ。

触れると世界と繋がり、ステータス画面を開けるようになるらしい。


王都で厳重に管理され、貴族とその子息子女、次に騎士と魔術師に、触れる権利が与えられる。


ただ例外として、侯爵や伯爵に大金を積む事でも触れられるらしい。

成功した商人や傭兵が、これに当たるのだろう。


俺は揺れる馬車から、窓の外を覗く。

切り取られた額縁の景色から見える世界は、緑豊かな平原だった。

視界を遮る物はなく、遠くに見える山々まで見渡せるほどだ。


そんな風景の先に、小さな人工物の影が姿を現す。


「王都が見えてきたわ」

 

彼女の声につられて、正面の小窓を見る。

どこまでも広がる草原の先に、蜃気楼かと見間違うほど巨大な城壁。


交易都市クーヨンも大きな都市だったが、それ以上に長く高い城壁がそびえ立っていた。


「…随分と高い城壁ですね」

「大昔は空を飛ぶ魔物もいたそうよ」


まるでお伽噺と言うように語るマリオンは、俺の頭を撫でると嬉しそうに笑う。


「クーヨンは二重城壁だけど、王都は四重城壁よ」


こんな高いものが、四つもあるのか。

…人間ってのは本当に凄いんだよな。


そんな事を考えながら、迫る城壁を眺めていると城門に到着したようだ。

二つの門に長い行列ができていて、行商人や旅人と思われる人々の姿も多くある。


「結構、混雑していますね」

「…並ばないわよ?」


マリオンは、俺の反応を見てクスクスと笑う。

それに合わせたように、馬車と騎士団は行列とは違う門を目指していた。


「貴族門よ」


物を知らない俺に、とても楽しそうに笑っている彼女が教えてくれる。

そして、先程より小さな門の前で馬車が止まると、数人の兵士が出てきた。


マリオンの騎士達は馬を降りると、騎士隊長と衛兵が、互いにステータス表示をする。


「あれで、身分確認をしているのですね」

「うん?…そうね」


身分確認が終わったようで、騎士隊長が衛兵と一緒に、馬車の方へとやってきた。


「失礼します」


騎士が一声かけて、馬車の扉が開けられる。


「ご苦労」


マリオンはただ一言発すると、騎士の後ろに控える衛兵に、ステータス表示をした。


「確かに確認致しました。ガレオン子爵」


そして、馬車の扉が閉められると、しばらくして再び動き出す。

目の前では、王都内へ続く城門が、ゆっくりと開き始めていた。

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