第20話 魔法の原理 改稿

錬金術師エリーの店 ???


芸術は爆発だと誰かが言った。


視界には、吹き飛んだ屋根の穴から覗く青い空が映っていた。

仰向けに倒れた身体は痛みより驚きの方が大きく、起き上がる気にもなれない。


「…物理的な爆発なんて意味じゃないよなぁ」


割れた透明竹から溢れる赤と青の液体を眺めながら、現実逃避をしていた。

見渡せば棚は壊れ、カウンターはひび割れている。


…手を動かしてみる。

打撲のような痛みが多少あるが、血は出ていない。


「いてて…」


起き上がろうと右手を地面につけた時、全身に痛みが走る。

左手を支えになんとか立ち上がるが、足元がおぼつかない。


フラフラした状態で、カウンターまで辿り着いた。

そして、そのまま倒れこむように寄りかかる。

 

もう考える気力もなく、天井を仰ぎ見た。

だが、そこに天井はなく、やはり青空が広がっているのだ。

 

…どうしよう…。


そんな心配をした時だった。

店の外が騒がしくなってきた気がする。

 

割れた窓からは、集まってきた野次馬が顔をこちらに向けていた。 


…やばいなこれ。


だが、見知らぬ野次馬達は何かを言うわけでもなく、俺と目が合うと去っていく。

そんな光景をぼんやり眺めながら、金銭的な被害を考え、現実逃避を続けた。


どれくらいの刻が経ったのだろう?


やがて、傾いた扉の隙間から見知った顔が覗き込み始めると、ご主人様の帰宅を告げる鐘が鳴る。


「……」


エリー様は姿を変えた店内を、ゆっくりと見渡した。

彼女が一歩踏み込む度に、割れた木片が音を立て軋む。

その表情には、相変わらず変化がない。


俺は崩れ落ちるように両膝を地面につく。

そして、両手を床につけると、長い髪が垂れてきた。

その勢いのまま額を床につける。


——土下座である


この特殊な作法は、俺の国では最上級の謝罪を表す動作だ。


「…申し訳ございません」

 

だが、彼女は興味なさげに一瞥するだけだった。

そして無言のまま、吹き抜けに改築された天井を見上げたかと思うと、静かに口を開いた。

 

「…何があったのかしら?」

 

彼女の言葉を受け、顔を上げた俺はその冷たい眼差しに、安堵を覚えた。

…いつものご主人様なのだ。


「それが…」

 

俺の話が進むにつれ、彼女の瞳が徐々に見開かれていったのがわかった。

そして、全てを聞き終えると、呆れたように首を振る。


「賢者の書もないのに、そんな事が可能なのね」


気になる単語を呟きながら、ご主人様は感心したように呟く。

その口調からは、怒りなどは感じられない。


「…まあ、いいわ」

 

どうやら、お許し頂けたらしい。

胸をなで下ろすと同時に、疑問が浮かぶ。


…なぜ、こんなに冷静なんだ?

彼女の常識では、これは些細な事なのだろうか?


考え込んでいると、エリー様の手が頭に乗せられる。


「あなたがした事は攻撃魔法よ。私には見えないけど、足りない魔力を空間の魔素で補ったのかしら?」


その手と言葉はまるで、良く出来ましたと言わんばかりだった。


「私はただ爆ぜろって…呪文を唱えたわけじゃないのですが…」

「魔法はイメージよ」


店内の惨状を意に介す様子もなく、彼女は微笑んだ。


「二流はイメージを明確にする為に、言葉で補ったり、放出する姿勢を意識するわ」

「…では一流は?」

 

好奇心に駆られ、質問を投げかける。

そんな俺を見て、彼女はまた微笑むと口を開く。


「言葉も動作も必要ないわ。ただ瞬時にイメージした現象が起きるだけ」


そう言い切ったご主人様は、おそらく一流の魔術師なのだろう。

そんな気がした。


「それにしても、爆発なんてイメージ…どこで見たのかしら?」


首を傾げるご主人様を他所に、元の世界で様々な映像を見た俺は、イメージする事の圧倒的なアドバンテージを感じていた。

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