第18話 第六感 魔力 改稿

錬金術師エリーの店 二階


あれから、数日が過ぎていた。


俺の前でベッドに腰掛けるエリー様は、まだ眠そうな表情を浮かべている。

 

「…ふぅ…」

 

可愛らしいあくびをしながら目をこする仕草は、どこか幼く見えた。


だが、素肌に黒い下着しか付けていない身体のラインは、幼いという言葉とは無縁であった。

俺の視線を意識していないようで、隠す素振りすら見せないのだ。


そんな彼女が上目遣いで俺を見上げると、万歳するように両腕を上げる。

いつものように上着を着せようとするのだが、そのまま抱きつかれてしまった。

柔らかな二つの膨らみが身体に当たる。


「…暖かい…」


ご主人様は俺の背中に手を回し、まるで抱き枕を抱くように顔をうずめている。

 

本当に自由だな、この人は…。


呆れるような関心するような、いつもの日常だ。

そして、満足したのか上着に袖を通すと身支度を始める。


この後、彼女は朝食に出かけるのだ。

いつも通りの静かな日常。


だが、


「…力が欲しい?」


見慣れた無表情で、不意に投げかけられた言葉。

その意味を図りかねている中、彼女は続ける。


「…マリオンから…聞いた…」

 

それだけ言うと、それ以上は何も語らなかった。


「はい。生きる為の力は、必要だと実感しております」


だから、無難な答えを返す。


「どんな力が欲しいのかしら?」


エリー様は問いかけてきた。

まるで、面白いものを見つけていた事を思い出したように、その口調は流暢だ。


ご主人様が、珍しく関心を示している。

その状況に驚きながらも、期待を込めて口を開く。


「…錬金術師の力でしょうか。あのようなポーションが作れるようになれば、食べるのに困りそうにありません」


暗に奴隷から独立したいと取られなくもない言葉をオブラートに包み、反応を伺う。


「…そう…」


だが、興味を失ったようで、つまらなそうに呟いた。

どんな返答を、期待されていたのだろうか?


そんな事を考え始めた時だった。


「錬金術師になりたいなら、まずは魔力の操作から身につけなさい」

「…魔力」


言葉の意味はわかる。

だが、俺の知る世界には、お伽噺の中にしか存在していなかったものだ。


小さな手のひらをジッと見つめるが、そこにそれがあるとは思えなかった。


「魔力の操作、教えていただけるのでしょうか?」


そんな俺の言葉に彼女は頷き、珍しく口角を上げる。

そして、右手をゆっくりと俺の方に向けたかと思うと、手のひらを天井に向けた。


…うん?


風もないのに、ふわりと浮かぶ黒い髪。

彼女の右手を中心に陽炎のように空間が歪む。


何かが見えているわけではない。

一言で言えば、違和感だ。

元の世界にはなかった五感以外の感覚器官の存在を感じ、それを言葉にできない事に歯がゆさを覚える。


…これが、何か知りたい。


彼女の右手に、視線を釘付けにする。

エリー様が、微笑んだ気がした。


「……」


やがて、俺の瞳はそれを捉えた。

空気のように流れる光のようなものが見えた気がした瞬間だった。

 

パチンッ!と指を鳴らすと同時に、濃縮された光の球体が浮かび上がる。


「見えるかしら?」

「…丸い光が見えます」

「…へぇ」


彼女は驚いたような声を上げると再び微笑み、その球を指で弾く。

光は青色へと変化すると、部屋全体に拡散したかのように広がった。

 

…幻想的な光景だ。


「…どう?」


まるで試すかのような眼差しを向けてくる。

俺は青の欠片で彩られた部屋中を見渡した。

 

…これが魔力?


「綺麗です、綺麗な青が一面に…」

「…色までわかるのね」


感心するように頷く。


「ふふふ…」


そして、初めて笑った。

その狂気をはらんだ表情に驚く。

俺は思わず後退る。


だが、そんな俺を見て、彼女は我に返ったかのように見つめると、また元の退屈そうな表情に戻る。


「これを飲みなさい」


そして、机の上に置いてあった青ポーションを手渡してきた。


「身体に広がる何かを感じるはずよ。それが魔力」


…銀貨二枚か。


そんな雑念を払いながら、蓋を開け慎重に口をつける。


口内に青臭い味が薄く広がる。

舌先には、ザラついた感触だけが残った。


…ああ、そういえば原料って…


不毛な記憶を思い返しつつ、飲み干した瓶を見つめると、言葉に表せない違和感が身体中を駆け巡った。


「…これが魔力?」


俺は小さな手を見つめながら呟く。


…この違和感の流れを、手足を動かすように操作できれば…


自然と口角が上がる。

ご主人様の前だというのに、無意識に嫌な笑みを浮かべていた。


それを見て、彼女も笑みを浮かべる。

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