第17-1話 貴族と服屋

交易都市クーヨン 服屋


その店は、商店街の一画にあった。

例に漏れず、店の間口は広い。


もっとも、その広々とした間口は現在、屈強な騎士達によって封鎖されている。


なぜかと問われれば、


「大したものは、置いてないわね」


積み重ねられた服の束を横目に、呟くマリオン。

服屋の店主は、そんな彼女に嫌な顔一つせず、申し訳ありませんと、冷や汗をかきながら、対応している。


俺はといえば、本来の目的である、手のひらサイズの様々な色の生地を選んでいた。


ご主人様が、服に穴を空けてしまった為、補修する裏地を買いに来たのだ。


簡単なお使いのはずだった。

ただ運が悪い事に、マリオンが来店している日であったのだ。


店先に歩哨に立つ衛兵達を眺めて、溜息が溢れる。

彼女が、平民とは違う世界の住人である事を、嫌でも実感する境界線だ。


完全に、外界の客から遮断されたこの店にも、悪い事をしている気がした。


だが、そんな状況を利用する事も、忘れていない。

積み重なった服を見ながら、


「これは、いくらでしょうか?」

「そちらは新品の品になりますので、銀貨10枚になります」


なるほど…高いな!

俺は表情に現す事なく、心の中で叫んだ。


庶民は、服を1着か2着しか持たず、生地で補修すると雑貨屋のおばちゃんが言った意味が、理解できる。


家庭によっては生地を買ってきて、自分で作るそうだ。


「こちらは?」


貴族様がいる状況を利用して、足りない知識を埋めるように聞く。

次に指を差したのは、少し汚れや穴が目立つ服の束だ。


「銀貨4枚でございます」


店主は嫌な顔一つせず、答えてくれた。

貴族様の威光は、やはり俺も照らしてくれるらしい。


「このような大量な服が、売れるのです?」

「市民は、それ程買ってはくれませんが、ここは交易都市ですから」


行商人が、仕入れてくれるという事なのだろう。


店の隅には、新品らしい銀貨10枚の普通の服が数着かけられている。

束で重ねられたこちらと違い、あちらは庶民用なのだろう。


「こういう服はないのかしら?」


マリオンが、私のゴシック調のメイド服を差した。


「…こちらは、王都の仕立屋の商品かと思われます」


店主が、私のメイド服を職人の眼光で観察する。


「金貨1枚といったところでしょうか」


そして、良い品でございますが、当店ではこのような高級品は取扱がなく…と、頭を下げている。


「これ着てて、襲われませんかね?」


ご主人様の金銭感覚の狂いを実感すると共に、一つの疑念が浮かび上がる。


「…ははは、貴族様の従者を襲う者がいるとは思いませんが、王都で流行している従者用の高級品でございます」


どうやら高級品ではあるが、嗜好性が強く、買い手が貴族しかいない為、盗品を買い取る店も中古品を買う貴族もいないようだ。


「勉強になったかしら?」


店内に飽きたらしいマリオンが、退屈そうな顔を隠す事なく言う。


「ええ、生地はこれを買おうと思います」


不器用な自分でも、裏地を縫い付けるくらいはできるはずだ。

たぶん…いや、まったく自信がないのだが…。


そんな不安を知らないマリオンは、俺から1枚の生地を手に取ると、店主に向かい、


「これと、そこの束を300着程、買うわ」


銀貨10枚の新品の束を差して、当たり前のように告げた。


「ありがとうございます!」


店主は、子供のように目を輝かせながら、深々と頭を下げる。

マリオンは、また当たり前のように、あとの手続きは宜しくねと、騎士の一人に指示をした。


「…あの…300着もいいのです?」

「…?私が着るわけじゃないわよ」


どうやら、領民に配るらしい。


「それにしても…」


豪快な買い方だなと思い、言葉を繋げるが、


「ノース侯爵家が訪れて、何も買わないなんて恥だわ」


俺の先を歩くマリオン。

そこには、見えないけれど、確かに境界線が存在した。

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