第7話 出荷 改稿

奴隷商人の館 一階 応接室


人生で面接を受ける機会が、何度あっただろうか?


…進学?

…就職?


人によって回数は違うものの、重要な点は共通している。


自分が商品だと自覚する事だ。

そして、返品をくらわない程度に、過大評価される事だ。


なぜ、こんな事を考えているかといえば…。


今、俺は奴隷という名の商品で、面接を受けているのだ。

売り込みを失敗した後の行き先は、あまり考えたくない…。


目の前の椅子に座った男は、品定めでもするようにこちらを見てくるので、軽く会釈をして視線を外す。


「歳はいくつだね?」

「13になります」


肥えた肉の塊のような男が、口を開くたびに生臭い息がかかるので不愉快極まりないが、俺はそれを淡々と返す。


「暗算ができると聞いているが、試しても?」

「はい、問題ありません」


中年を過ぎた商人らしき男の質問に答える。

儲かっているだろう事は、その脂肪の塊からわかる。

そして、時折、舐め回すように俺の顔と身体を値踏みする様子に虫唾が走る。


そんな思いを知るはずもなく、目の前の肥満体は、笑顔で問いかけてきた。


「住み込みならば、私と一緒のベッドで問題ないな?」

「…俺は男ですが?」

「男か…いや、それだけ美しければ男でも…」


どうやらこの肥え太った商人様も、そういう趣味の変態らしい。


俺はお人形のように整った顔に、微笑みを浮かべる。

その浮世離れした美しさは、まるで神の造形を思わせる程に完璧だった。


そして、


「…刺し違えてもよろしいのなら」


そんな一言に殺気を込めて放つと、相手の反応を見る。


「そ、そうか。ならば、仕方ない…」


先程までの態度からは打って変わり、男は引きつった顔で部屋を出て行った。


「これで、三度目かよ…」


残された俺は、大きくため息をついた。


皆が俺の顔を見て気に入るが、男だと知って幻滅する者、先程のような反応をする者と様々だ。

だが、尊厳が失われるようでは、戦うか死ぬかしかないじゃないか。


そして、すぐに四人目の面接が始まる。


——ガチャ


部屋に入ってきたのは、初めての女性だった。

 

長い黒い髪に白い肌、細身の身体はモデルと言っても差し支えない容姿だ。

年は二十歳前後だろうか?

見た目だけで判断するならば、かなり美人の部類に入ると思う。


だか、その瞳の奥は冷たい。

表情を変える事もなく、俺の前に座る。


「…エリーよ」

「…よろしくお願いします」


エリーと名乗った女性は、名前だけ告げると黙った。


「……」

「……」


彼女は感情の読めない冷たい瞳で、こちらを見つめてくるだけだ。


しばらく無言の時が流れるが、何も言わないので、俺から話を振る事にする。

…耐えれないのだ。


「あの?エリーさんは商人ですか?」

「…錬金術師…売り子を探してるの…」


——錬金術


この世界では初めて聞く言葉だが、前の世界の知識から推測するに、


「それはポーションを作るから、販売する人手が欲しいという事ですか?」

「…賢い子…言葉を覚えて…1年?…」


感情の起伏が、少ない人なのだろう。

履歴書のような紙を見ながら、呟く。


「はい、こちらの言葉を覚えて1年です」

「…こちらの?…あなたの国の言葉…話して」

『こっちの言葉は長く使ってますが、通じないですよね?』


日本語で話しかけてみるが、


「…聞いた事の無い言葉…」


まあ、元の世界でも日本語はマイナー言語寄りの方だが、改めて異世界というものを実感する。


エリーは面白いものをみたように、僅かに微笑むとまた視線を書類に戻す。


…この人、無口だけど笑うと可愛い。


「…面白い…右手を出して…」


そう言って左手をこちらに差し出すので、握手でもするつもりなのだろうかと右手を伸ばすと、いきなり握られる。


自然と彼女と目が合う。

吸い込まれそうな瞳だった。

心臓の鼓動が僅かに高鳴る。


そして、


——バチッ!


「いてッ!!」


放電したような音と光が散ると同時に右手に激痛が走った。

反射的に右手を離すと、彼女は自分の左手を不思議そうに見つめている。


「…魔力感度も…高い?」

「…それに…その瞳…」


そんな激痛が走るはずがないという顔をして、初めて彼女が少し驚いている。

彼女の表情が柔らかくなり、妖艶な笑みが浮かぶ。


「…あなた…買うわ」


そうかと思えば、すぐに真顔に戻って宣言するのだった。

そして、勝手に部屋を出て行ってしまう。


…誰が買うかなんて、俺に拒否権はないから良いんだけどね。


その後、商人の下働きは成り手が少ないのか、俺が人気なのか二人と面接をした。


最初の話に戻そう。

自分という商品を売りたくない時は、逆をすれば良い。


——そうすれば


「…あなたを買った…エリーよ…」


——売りたい所に、行けるかもしれない


「…あなた…名前は?」

「名前はありませんが、友人にはクロと呼ばれてました」

「…アリス…今日から…アリス…」


彼女の口から、女の子の名前を告げられる。


「俺は男ですが?」

「…売り子は女の子…アリスなら女装で…売れる」


説明不足すぎる気がするが、女の子が売り子なら商品が売れる。

俺に女装をさせれば、女子に見えるから問題ないと言いたいようだ。


「アリスの名前の由来を、聞いてもよろしいですか?人気のある女子の名前とかです?」

「…去年死んだ…猫…」

「なるほど…」


本当に、それだけしか理由が無いらしい。

表情一つ変えず答えた後、黙ってしまった彼女に、俺は苦笑する事しかできなかった。


抑揚がないから、感情が読み取りにくい。

この人どうやって、今まで生活できたんだろう?


そんな不安を抱えながら、俺は出荷された。

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