第65話 決着
「アイリスという小娘を確保した奴には褒美を沢山やるぞ!」
「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
ふんっ!
貧乏で頭の悪い平民風情が、ちょっと褒美をチラつかせたら大喜びではないか。
わずかな金で大喜びするとは、卑しい平民に相応しい奴らだ。
とにかく、ダストン元男爵家の当主に送った手紙。
これを回収せねば、もし王国や他の貴族の手に渡った場合、私は破滅だ。
麻薬の密造所では押収されていないので、ならばアイリスという小娘が持ってるか、すでに処分された……それはないな。
ダストン元男爵家の連中は貴族に戻ることに拘っていたのだから、この私のからのありがたい書状を捨てるなどあり得ない。
先ほどは思わぬ妨害を受けてしまったので一旦引き上げたが、貴族が二名も関わっているということは、すでに書状が連中に渡ったかもしれない。
明日以降にもう一度などという余裕はない。
家臣たちに集めさせたゴロツキハンター共を動かし、アイリスという小娘以外は皆殺しにしてしまうしかない。
ビックス伯爵家などがうるさいと思うが、所詮相手は格下の伯爵だ。
しかも、当主や跡取りではない。
もう一人の男も男爵家の跡取りなので、間違えて殺してしまっても誤魔化せるはず。
私が直接手を下したわけではないので問題ないだろう。
「(アイリスとかいう小娘を手に入れ、ダストン元男爵家の隠し財産の隠し場所を吐かせてやる! あいつら、かなり貯め込んでいるはずだからな)」
これまでの借金を返せて、さらにオツリがくるはずだ。
麻薬の密造と密売は儲かるからな。
可哀想に。
貯め込んだ財産を使う前に一族全員が処刑されてしまったが、代わりに私が使ってやる。
この選ばれた高貴な血筋たる私が、その家柄に相応しい生活を送るため、周囲の有象無象に私の偉大さを知らしめるためには隠し財産が必要なのだ。
「(小娘は犯罪者の娘なので、私が直接拷問をして聞き出してやるかな。これは正義のなのだよ)」
多少質は悪いが、ハンターが沢山集まったのでよしとしよう。
これだけ戦力比があれば、ボロい酒場の店主と従業員たちなど……。
私の命令を聞かなかった報いを受けるがいい!
せいぜい惨たらしく殺されてしまえ!
「ガブス侯爵、本当に金がないんだな。ろくな奴がいない。アンソニーもそう思わないか?」
「イワン、あの借金塗れのガブス侯爵が雇えた連中なんだ。質はお察しだろうに」
「実力があって稼げる人たちは、こんな危ない橋は渡りませんからね」
「ボンタの言うとおりだな。自警団にも入れなかったクズ揃いだ。殺さないようにするのが一番面倒だ」
「俺様、久々に大活躍!」
ガブス侯爵が雇ったゴロツキハンター崩れたちだけど、入り口で折り重なるように倒れていた。
イワンさんは軍系貴族の次男で、巡検使の傍ら麻薬関連の調査もしていた。
普段の言動で騙される人が多いようだけど、弱いわけがないのだ。
アンソニー様にも、一通り武芸の心得はある。
親分さんは言うまでもなく、ボンタ君も私たちと狩猟をしているので弱くはない。
ミルコさんも、今では自分で狩猟をする機会が増えていた。
弱いわけがないのよね。
「夜食は任せろ!」
「「「「「「「「「……」」」」」」」」」
アンソンさんは料理人なので、入り口付近で戦いが発生している最中にも、一人で冷静にお店の調理場でなにか作っていた。
「後方支援ですか?」
「さすがは、俺のユキコ。俺を理解してくれている」
私は、『俺のユキコ』じゃないけど……なにか美味しそうな匂いが……。
さすがは一流の料理人。
早く食べたくなってきたわ。
「そうだ! 裏口は?」
店の入り口の前は、ララちゃんとお爺さんによって意識を刈り取られたハンターたちが折り重なっていた。
裏口からは一人ずつしか入れないけど、入り口がこの様なので裏口からの侵入を試みる人がいるはず……と思っていたら……。
「ユキコさん、こっちは大丈夫ですよ」
「こんなジジイに負けるハンターとは……最近の若い奴らは嘆かわしい限りだの」
ララちゃんとお爺さんが対応していたけど、特に問題なかったみたい。
「もう入って来ないのか」
「魔法で眠らせたので」
さすがはファリスさん、急に静かになったけど、店に入ろうとしていたゴロツキたちを一気に眠らせたみたい。
「こらっ! 起きろ!」
店の外から怒鳴り声がしたのでみんなで外に出ると、ガブス侯爵がファリスさんの魔法で寝てしまったゴロツキたちに蹴りを入れていた。
それでも起きないので、かなり焦っているようだ。
「強い魔法による睡眠なので、朝まで目が覚めませんよ」
「魔法使い! 金をやる! その小娘を連れてこっちに来い!」
「ファリスがそんなことするか。バカ」
妹分にちょっかい出されたミルコさんが、ガブス侯爵を散々に扱き降ろした。
「平民のくせに生意気な!」
「今は貴族でも、お前はもう終わりだろうが!」
さすがにあの密書の類を王国に提出したら、ガブス侯爵も終わりのはずだ。
人格に難があっても能力はピカイチとかならともかく、みんなが無能で人間性も最悪なガブス侯爵を嫌っているのだから。
「やはり、密書は小娘が! 寄越せぇーーー!」
本当に切羽詰まっていたみたいで、ガブス侯爵は剣を抜いてアイリスちゃんに襲いかかった。
……なんか、動きがヘナヘナしていてどうなんだろう?
「バカが!」
「親分さん、私に任せてください」
「どうしてだ?」
「私は、この大衆酒場ニホンの店長ですよ。こんな夜中にみんなを睡眠不足にして、明日の営業準備に支障があったらどうするんですか。なにより!」
「なにより?」
「私の従業員に手を出そうとして! 一発殴らなければ気が済みません!」
「ユキコさん」
「アイリスちゃんは、好きなだけこのお店にいてもいいの。この腐れ貴族が!」
「私はガブス侯爵だぞ! 貴族が平民に逆らって、この国にいられなくなっても構わないのか?」
この人は、自分が貴族であるということを過剰評価しているみたいね。
いくら駄目貴族でも、平民が手を出せば処罰は避けられないと。
そんなんで私が退くとでも?
「別に構わないわ。今回の旅でわかったけど、お店はどこの国でもできるからね。ムカつくあんたを殴り飛ばして、他の国で酒場を開くとしましょうか」
「なっ!」
「そんな脅しが通用すると思わないでよ! このゴミ貴族が!」
私は、渾身のストレートを……威力は抑えたけど……でないと死んでしまうから……ガブス侯爵の右頬にヒットさせた。
私に殴り飛ばされた彼は、お店の向かいにあるお店の前に立っている木に激突し、『ふがっ』という情けない声と共に意識を失ってしまった。
「まっ、こんなものよ」
「女将、実に気風のいい決めゼリフだったな。お店は残ってくれないと困るがね」
「実際のところ、どうなんですかね?」
ガブス侯爵相手でも、不敬罪とか?
「ワシがそうさせない。どうせこの男が貴族のままでいることを望んでいる同僚など一人もいないからな。密書もあるので、こいつは終わりだろう」
それならいいか。
私は引っ越しも覚悟してガブス侯爵に一発入れたけど。
「そうなったら、私はユキコさんについて行きますから」
「僕もです」
「私も、魔法学校なんて他国にもありますので」
「ユキコ女将、俺様、それは勘弁してほしい!」
ララちゃん、ボンタ君はともかく、ファリスさんも?
あとミルコさん、私に縋りつかないでよ。
「ユキコさん……」
「アイリスちゃん、どうかしたの?」
ガブス侯爵がああなって、安心したのかしら?
でも、結局処罰されないかもしれないから、不安なのかしら?
「ボク、とても嬉しかったです! ボク、ユキコ女将に一生ついて行きます!」
そう言うなり、アイリスちゃんは私の胸に飛び込んできた。
この子、本当に可愛いわ。
「ユキコ女将、俺様も!」
「このアホが!」
で、私に抱き着こうとしてお爺さんに拳骨を落とされるミルコさん。
いい加減に学習した方がいいと思う。
「もう終わったか? 夜食が完成したぜ」
「美味しそうね」
アンソンさんが作っていたのは、ハチミツとリンゴを贅沢に使ったアップルパイであった。
「ユキコ女将に言われたとおり、、あえて野生種の酸味が強いリンゴを使ったんだ。これならハチミツの甘さとリンゴの甘さが被らないぜ」
貴族向けの高級レストランだと、栽培種や野生種でも甘いリンゴを使ったアップルパイが主流らしいけど、アップルパイはリンゴを甘く煮るから甘さが被ってしまうので、私は酸っぱいリンゴを使ったアップルパイの方が好きだった。
アンソンさんが、それを再現してくれたわけだ。
「ユキコ、俺に惚れたか?」
「全然」
「うがっ! 俺は諦めん! これ、焼き立ての内に食べようぜ」
「美味しそうだね」
「これは楽しみだ」
「イワン様とアンソニー様。これ、片づけないでいいんですか?」
「大丈夫だよ。ほら」
イワン様がそう言うのを待っていたわけではないのだろうけど、どこからか兵士たちが現れて、意識がないハンターたちとガブス侯爵を回収していった。
「あっという間の出来事だったわね」
「つまり、ガブス侯爵はもう終わりってことだ。動いたらお腹が減ったので、夜食にしよう」
「そうじゃな、お腹が減ったの」
「俺もですよ、ご隠居」
その後はみんなで、アンソンさん特製のアップルパイを食べて、そのまま解散となった。
「安心したんでしょうね」
「そうね、アイリスちゃんは不安だったはず」
もうガブス侯爵に狙われずに済む。
安心したのであろう。
アイリスちゃんは、私のベッドでスヤスヤと寝ていた。
この子、寝顔が保護欲を誘うわ。
「私も寝ましょうかね」
「私も一緒に寝ます!」
真ん中の部屋はイワンさんが借りていて、今日はアンソンさんも泊まっていくそうだから、ララちゃんも私のベッドで寝るしかないのだけど。
「じゃあ、私も。もう夜も遅いので、寮に戻れませんから」
「そうなんだ……」
いくら大きなベッドでも、四人は狭いかな?
まあ今夜だけなら問題ないわね。
私たちは四人で同じベッドで横になった……なったけど!
「(凄い! ファリスさんの胸は寝ても崩れない! これが真の巨乳なのね!)」
いやあ、いいもの見たわね。
と最後に思いながら、私もようやく眠りにつくのであった。
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