第48話 変装

「君は来てくれると思ったよ」

「はははっ……」

「イワン様、もの凄い格好ですね」

「私も一応伯爵家の人間なのでね。こんな服も持っているのさ。あの島は小さく、住民はほぼ全員が顔見知りのはず。密かに島に侵入するのはいい手ではない。そこで、私がこの格好で公式訪問することにした方が、かえっていいというわけだ」

「なるほど。ですがイワン様は伯爵家の方ですし、巡検使の地位は公式のものです。島を訪れるのは公式訪問と同義では?」

「そう言われるとそうだね」



 結局私たちは、イワン様の付き人扱いで島へと船で向かっていた。

 現在、ラーフェン子爵家が支配する島へ余所者は入れないが、さすがに巡検使にして伯爵家次男の彼が島に入れてもらえないということはない。

 拒否すれば、最悪王国によって反乱者扱いされてしまうからだ。

 渋々とであろうが、受け入れざるを得ないであろう。

 ただ、今の彼は本当に一人で旅をしていたそうで、偉い人なら連れているはずの家臣や付き人がいなかった。

 私たちがその代わりというわけだ。

「(ユキコさん、いいんですか?)」

「(いいも悪いも、断れないじゃない)」

 イワン様は、伯爵家の次男だ。

 その頼みを平民は断りづらい。

 ただ彼は、大貴族にありがちな上から目線で強引に命令するような真似はしなかった。

『島で、捜し物が得られるといいね』

 上手く、私たちを付き人にしていた。

 付き人として一番の仕事は、イワン様の付き人だと、島の人たちやラーフェン子爵家の人たちに思われればいいそうだ。

 殊更服装を変える必要は……どうせ貴族の家臣や従者らしい服は持っていないので変えようがないけど。

 そうイワン様に説明したら、なぜか私、ララちゃん、ファリスさんは黒のメイド服姿に着替えさせられてしまった。

 なぜイワン様がメイド服なんて……。

 趣味なのか?

 もしかして?

「さすがに僕は、メイド服姿じゃないですね」

 ボンタ君は、普段狩猟をする時の装備に、イワンさんから一部装備を借りて護衛の家臣らしくなっていた。

 そして、メイド服を着せられずに済んだことを安堵していた。

 いや、さすがにボンタ君にメイド服は着せないと思うわよ。

「以前、ちょっとした事件で現地の協力者に着てもらってね。その時に仕立てたものなんだが、よく似合っているね」

 急遽仕立てさせたメイド服を着せる、現地協力者たちかぁ……。

 どんな事件だったんだろう?

「みんな、よく似合ってるね」

 イワン様はイケメンに相応しく、卒なく私たちを褒めるけど……。

「(ファリスさん、普段はローブやゆったりした服装でわかりにくいけど……)」

 ララちゃんはお店ではいつもメイド服姿だからあまり変わらないけど、ファリスさんの胸が……私とのこの格差はなに?

 日本では人並みだった私の胸は、この世界では小さい方……理不尽を感じなくはない。

「女将さん……胸なんて大きくても、肩が凝るだけでいいことなんてないですよ」

「そうですよね」

 私の視線が気になったのか、ファリスさんが巨乳の利点など一つもないと言い、ララちゃんもそれに賛同したけれど、それは持てる者特有の傲慢な考えよ!

 私だって、『胸が大きいと肩が凝るわねぇ……』とか言ってみたいし!

「胸の大きさを気にするのは男性の方が多いかな? 男はいつまでも子供なので、母の象徴たる胸に拘るのだよ。女性の方が気にする必要はないさ。君は、胸の大きさに関係なく面白い女性だと思う。これは褒め言葉だよ」

 イケメンに褒められると、正直悪い気はしないわね。

 でも面白い……かぁ……。

 微妙な心境ね。

「島に上陸したら、早速ラーフェン子爵家の当主に挨拶に行こうか」

「僕がイワン様の家臣兼護衛。女将さん、ララさん、ファリスさんがお付きのメイドですか?」

「伯爵家のバカ次男が、巡検にわざわざ若い女性メイドを三人も連れて来ている。そういう風に思わせた方が、相手も油断するって寸法さ」

 ありきたりな手なんだけど、人間って面白いことにいざそれに遭遇すると引っかかってしまう人が多いのだ。

 それを理解しているイワン様は、なかなかに油断できない人だと思う。

 伯爵家の放蕩次男は、あくまでも芝居なのね。

「巡検使様、もうすぐ上陸ですが……」

「大丈夫だよ。私がいれば、向こうも素直に上陸させてくれるさ。巡検使ってのはそういう力があるのだから」

 イワン様の予想は当たり、島に近づいた私たちの船は、すぐにラーフェン子爵家の家臣たちが乗った船に臨検されたものの、彼が巡検使であることがわかるとすぐに上陸許可が出た。

 私たちは、そのまま島へと上陸することに成功したのであった。

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