第39話 海の家やります!
「女将さん、さっきの砂浜と特に違いはないですね」
「人も少ないです」
「海水浴に来れる王都の庶民なんてほとんどないので、ほとんど地元の人でしょうから」
隣の庶民向けの砂浜に移動して来たけど、確かに人は疎らだった。
この世界は交通の便が悪いから、さほどの人口が多くない地元の人が大半だからであろう。
王都からだと旅費もそうだけど、往復で二週間以上かかるので『そんなに休んで大丈夫?』って話になるからだ。
私たちの場合、お爺さんと親分さんが区画整理に伴う混乱で私たちに被害がないように配慮してくれての海水浴だから。
「もうそろそろお昼だから、お弁当にしましょう」
「いいですね、お弁当。僕、カキ氷だけだとお腹が空いてしまって」
「ユキコさんのお弁当楽しみです」
「どんなメニューか楽しみですね」
お店じゃないからメニュー数も少なく、ちょっと手抜きだけどいいわよね。
私は、自作したサンドウィッチとカットフルーツ、スープのみのお弁当を出した。
サンドウィッチのパンは、この砂浜近くのパン屋さんで購入。
具は、茹で卵をマヨネーズで和えたものに、鶏肉の照り焼きと菜っ葉、トマトとキュウリでサラダサンドも作ってある。
栄養のバランスも大切だからね。
「このマヨネーズって調味料は美味しいですね」
「ユキコさんしか作れないですけど」
作れなくはないけど、この世界の油は未精製で、これでマヨネーズを作っても……なのよね。
お腹を壊すかもしれないし……。
魔法で油を精製するなんてことをしているのは私だけなので、このマヨネーズは現状私にしか作れなかった。
お酢も私が魔法を用いて自作していて、その方がマヨネーズも美味しくなるから。
「この照り焼きがまたどんなお肉にも合って最高です」
と言いながら、よく食べるファリスさん。
私も、この世界に来てから食事量は増えたわね。
魔法を使うととにかくカロリーを消費するようで、最初はサバイバル生活をしていた影響もあって、私の体は細くなっていた。
体重計がないから具体的な数字はわからないけど、無理なく?痩せられるってのはいいことよ。
「美味しいです」
「よかった(ファリスさんの胸って凄い! どうすればああなるのかしら? よく食べる? でも私も同じくらい食べているわね)」
ファリスさんは、食べたものが胸にでも行くのかしら?
私は、全部魔法を使う時のカロリーになっていると思う……うん、確実にそうだ。
「スープもどうぞ」
この世界に魔法瓶なんて便利なものはないけど、スープは大量に作って『食糧倉庫』で保管していたものを、魔法で温めるだけであった。
「こういう暑いところで、熱いスープってのもいいですね」
「ボンタ君、お爺さんみたいなことを言うのね」
「そうですか?」
みんなで食事を楽しんでいると、そこに一組の家族がやってきた。
近隣から海水浴に来た親子って感じだ。
「あのぅ……なにか食べる物を売ってもらえませんか?」
「食べ物をですか?」
この砂浜に、海の家なんてものはない。
近くの町と言っても、徒歩で三十分はかかる距離にあり、お弁当の持参は必須だと思うけど……。
地元の人たちなのに、それに気がつかなかったのであろうか?
「実は、この砂浜で食べ物や飲み物を売っていたお店があったのですが、店主がお爺さんだったので体調を崩して辞めてしまったそうなのです」
「それを知ったのは、ここに来てからでして……」
そのお爺さんの『海の家?』ぽいところで食事や飲み物を購入する計画だったので、あてが外れて食べ物と飲み物が手に入らなくなってしまったと。
「お店なんてあったんですね」
「お嬢ちゃん、あそこだよ」
ララちゃんに教えるように、一家のお父さんが指差したかなり遠方に小さな小屋が建っていた。
掘っ立て小屋風でいかにも海の家らしいけど、お店は閉まっていた。
店主のお爺さんは、もう店は閉めて息子さんたちがいる町で療養しているそうだ。
どうしてそれがわかったのかというと、張り紙がしてあったみたい。
「不便ですね」
「誰か商売を引き継がなかったのですか?」
「それが、息子さんたちにも、お孫さんたちにも断られてしまったそうで」
ファリスさんの問いに、一家のお父さんが答えた。
どうしてそれがわかったのかというと、店主のお爺さんと同じ町に住んでいる海水浴客が教えてくれたそうだ。
食べ物は分けてもらえなかったのね。
砂浜にいるお客さんの数を考えると、お店はそれほど儲かっていなかったのかもしれない。
手間の割に儲からないと、誰も跡を継ぎたがらない。
商売の世界では、よくある話だと聞いたことがあった。
「なるほど。お店はあれど、誰もやっていないのね……」
区画整理騒動は解決に暫くかかりそうだし、ずっと海や砂浜で休んでいるのもどうかと思う。
そんなことを思いながらみんなを見ると、私同じような表情を浮かべていた。
「海の家『ニホン』でもやろうかしら?」
「僕は賛成です。このまま一ヵ月もずっとお休みとか、逆に疲れてしまいますよ。腕も落ちちゃうし」
「そうですね。今の私たちって、ただ砂浜で寝転がっているだけですから」
「私もお店をやった方がいいと思います。主にアルバイト代的な理由で」
そんなわけで、私たちは砂浜で海の家みたいな店を経営することになったのであった。
「いらっしゃいませ」
「かき氷、パインとマンゴーを一つずつと。ミックストロビカルジュース四つね」
「ありがとうございます。ユキコさん」
「ちょっと待ってね」
「ボンタさん、次のお客さんは、串焼きセットと焼きそばを三つずつです」
「ファリスさん、今焼いていますから」
そうそう毎日休んでいられないという理由で始めた海の家だけど、予想に反してもの凄く繁盛していた。
確かに、視界にはあまり海水浴客の姿は見えなかったのだけど、なんでもこの砂浜はかなり広いそうで、実は私たちが思っていた以上にお客さんがいたことと、うちが色々とこれまでにないメニューを出しているので、すぐに周辺から海水浴客たちが集まって来てしまったわけだ。
カキ氷、各種フルーツジュース、焼きそば、串焼き、味噌煮込み、サンドウィッチ、その他軽食などがよく売れていた。
他にお店はないし、コストの関係で少しお店より値段が高めだけど、たまに来るレジャーで少しくらい食べ物の値段が高くても人は許容する生き物だ。
特に私の場合、魔法も使えるのでさほど高額にしなくても必要な利益は確保できるため、思っていたよりは高くないと思われ、それもお客さんを増やす要因となっていた。
「商売繁盛でよかったわ」
「お店の持ち主のお爺さん、ここを安く貸してくれてよかったですね」
私たちがお店をやりたいと言いに行ったら先代店主はとても喜んでくれて、最初は無料で貸すと言ってくれたのだ。
それはよくないと私が言ったら、それでも大分安く貸してくれたけど。
とりあえず賃貸期間は一ヵ月。
一ヵ月経てば、区画整理に絡むゴタゴタはお爺さんと親分さんが解決しているはず……解決していなかったら、期間を延ばすと伝えてはあった。
「今は立ち上げたばかりだから、メニューは少なめで」
「女将さん、なにか新しいメニューを出すんですか?」
「当然。ここは海の近くだからね」
そして翌日の早朝、私たちは砂浜近くの漁港にいた。
ちょうど漁を終えた船が次々と戻ってきており、私の狙いは獲れ立ての魚介類というわけだ。
「おじさん、お魚を買いたいんですけど」
「いいぜ」
ここから町に持っていけばもっと高く売れるけど、移動時間とコストを考えたら利益は同じ。
それに、どうせ町に魚を持っていくのは他の商人だ。
事前に私たちが仕入れても、なんの問題ないというわけ。
「これと、これと……あとはこれも」
「随分と沢山買うんだな。商売でもするのか?」
「今、砂浜でお店をやっています」
「おおっ! ブランドン爺さんの店のあとか。爺さん、腰が悪くて引退してしまったんだよな」
漁師のおじさんは、砂浜のお店の前の店主を知っていた。
「でも魚は足が早いからな。大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
目当ての魚介類をすべて購入し終わると、私たちは早速魚の下処理を始めた。
小さな魚はエラと内臓と血合いを取り、用意した箱の中に綺麗な海水と砕いた氷を入れて冷やす。
氷は、ファリスさんが次々魔法で作ってくれた。
「ファリスさん、凄いわね」
「女将さんもそう実力に差がないどころか、魔法も実力が上のような気がしますけど……」
「そう?」
私は、食べ物が絡む魔法しか使えないから。
「このお魚、まだ生きていますね」
「これは締めるわ。いわゆる神経締めね」
「神経締めですか?」
「やり方を見ていて」
まだ生きている大きな魚がいたのだけど、まずは包丁の柄で頭を思いっきり叩いて気絶させ、エラを尻尾の付け根を切り、魚を出血させる。
こうして魚から血を抜くわけだ。
そして次に、切り込みを入れた魚の尻尾を折り、見えるようになった背骨の上を通る神経にギザギザの針金を入れて、魚の神経や髄液をかき出していく。
神経締めに使うハリガネは、親分さんに相談したら腕のいい職人さんが作ってくれた。
神経締めを終え、完全に血を抜いた魚は綺麗な布に包んでから、箱に入れて冷海水につけておく。
こうしておけばおよそ丸一日、お刺身でも食べられる魚となるのだ。
「お魚を生でですか?」
この世界にお刺身なんてないから、ララちゃんが驚くのも無理はないか。
ただ、まだ衛生面の確認が不十分なので、今日は加熱調理することにしよう。
生で食べられるお魚を料理すると、とても美味しい。
この世界の、ちょっと臭ってきたから加熱調理したという魚よりも、格段に美味しいはずなのだから。
「さあ、お店に戻って調理よ」
この世界の魚は、地球のものとよく似ている。
アジはアジフライや開きに。
サバは味噌煮込みに。
残りは、味噌仕立ての漁師汁に仕上げた。
この世界風に言えば、『味噌ブイヤベース』か?
「新メニューですよ」
「この魚料理、全然生臭くなくて美味しいな」
「このブイヤベース、これまで食べたことない調味料を使っているけど、美味しくていいな」
「こっちにもくれ!」
大鍋で作った漁師汁は、飛ぶように売れていった。
アジとサバの料理も同じくらい売れている。
他の商品もよく売れており、これは思った以上の繁盛ね。
みんなに臨時ボーナスを出せそうだわ。
こんな感じで私たちは、毎朝早朝に漁港で魚を仕入れてから下処理し、お店に戻って調理を開始。
昼食の時間から店をオープンさせ、夕方前に閉店。
一週間に一度は定休日という生活を始めたのであった。
そして三週間目になった時、私たちは思わぬトラブルに巻き込まれることになる。
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