第40話 ヨハン

「ここは俺の店だ! 余所者は出て行きな!」

「そうだ! ヨハンさんの言うとおりだ!」

「爺さんを騙して、安い家賃で阿漕に稼ぎやがってよぉ!」

「あんたたち、誰?」

「女! 度胸だけは一人前だな!」



 その日も普通に営業をしていて、商品が売り切れたので閉店して片づけをしていると、若い男性三人組に因縁をつけられてしまった。

 ついにこの店にも自警団が?

 一応、砂浜近くの町を拠点にしている自警団には挨拶には行ったんだけどなぁ……。

 こういう時に備えて……親分さんはやっぱり気が利くわ……親分さんが手紙を持たせてくれたのでそれを見せたら、もの凄く安いお金を納めるだけで済んだのは幸いだったけど……。

「こらっ! このお店はちゃんと許可を貰っているんだ! 若造どもが邪魔するな!」

 どうやらこの三人組。

 自警団の人たちじゃなかったみたい。

 見張っていた……実はそんなにトラブルもないので、ただ町の自警団の人たちが交替で食事をとりに来ているような……とにかく、すぐに三人組を止めてくれたのは幸いだった。

「その姐さんは、この店の持ち主であるブランドン爺さんにちゃんと賃料を払って営業している。ケチをつけるな」

「俺はそのブランドンの孫だぞ! 弱った祖父さんを騙して、安い賃料で阿漕に稼ぎやがって!」

「それは言いがかりよ! 第一、あなたたち家族は誰も、ブランドンさんの跡を継がなかったじゃないの!」

 そもそも、最初からあんたがお店を継いでいれば、私たちはここでお店をやることはなかったはず。

 儲からないからといってお店を継がなかったくせに、私たちが繁盛させたら文句を言いに来るなんて、男の風上にもおけない奴だわ。

 背は高く、日焼けした顔はとても精悍で、着ている半袖シャツの下からはマッチョな体が見えるけど。

 チンピラみたいな手下たちを連れているし、間違いなくロクでもない男ね。

「確か、ヨハンだったわよね」

「俺を呼び捨てにするな! 女!」

「女ぁだぁ? あんたこそ失礼にもほどがあるわ! 私にはユキコって名前があるのよ!」

「やんのか? コラぁ!」

「おいっ! これ以上はやめろ! そうでなければ……」

 自警団の人たちは怖い表情を浮かべ、ヨハンたちを脅し始めた。

 ちゃんとショバ代を貰っている客に被害が出たら、それは自警団の名折れ、オマンマ食い上げだからだ。

 お店をやっている人たちは自警団に対し、ようやく得た利益の中からショバ代を払う。

 それは自警団が自分のお店を守ってくれると信じているからこそで、もし不心得者から被害を被っているに自警団が打つ手なしだったら、次からはショバ代を支払ってもらえないのだから。

 自警団は、ショバ代とメンツのためなら鬼にもなるというわけだ。

「なんだ? ヤクザ者がやるのか?」

「ヨハンさん、自警団と揉めるのはまずいよ」

「そうだよ。もしこいつらを倒せても、次は終わりだ」

 自警団が、素人たちに仲間をボコボコにされて黙っているわけがない。

 必ず制裁に出てくるであろう。

 ヨハンの手下その2は、その危険性を指摘したわけだ。

「とにかく、この姐さんはちゃんと筋を通しているんだ。ブランドン爺さんだって、このまま店が閉まっているよりは、たとえ期間限定でも経営してくれる姐さんに感謝していると聞いたぞ」

「うるせえ! 俺は祖父さんの孫だぞ! 祖父さんが騙されているのを見ていられるか!」

「一ヵ月間だけ限定で店を経営してるのに、騙されたもクソもあるか! 店も家も、人が使っていなければ早く駄目になってしまうんだ! ブランドン爺さんだって、姐さんに感謝しているはずだ!」

 自警団の人。

 的確なことを言ってくれているのだけど、まだ十八歳の私を『姐さん』呼ばわりしないでほしい。

 これが、親分さんの紹介状効果ってやつなのかしら?

「大方、姐さんが店を繁盛させているから惜しくなったんだろう。お前みたいな半端者が店をやっても、上手く行かないだろうな」

 きっと、自警団の人たちはこれまでに色々なお店を見てきたのであろう。

 ヨハンの企みを一瞬で見抜いてしまった。

「もしかして、ブランドンさんの時はこんなに繁盛していなかったのですか?」

「そうだな。ブランドン爺さんも腕は悪くないんだが、なにしろメニューが少なくてな。一人でやっていたから仕方ないんだけど」

 ボンタ君の質問に、自警団の人はすぐに答えてくれた。

 親族の人たちは大変で儲からないという理由で、このお店を誰一人として手伝っていなかった。

 ブランドンさんが腰を痛めて引退しても、やはり誰も跡を継がない。

 ところが、私たちが限定でお店を開いたら予想以上に繁盛しているので、孫のヨハンは一日でも早くお店を返してほしくなった。

 これが真相というわけね。

「ヨハンがお店をやるの?」

「だから、俺を呼び捨てにするなって!」

「あんたにつける『さん』なんてないわよ。で、どうなの?」

「俺は祖父さんの孫だ。この店は祖父さんのもので、だからこの店を継ぐ権利がある!」

「そうだ! ヨハンさんは料理も上手だからな」

「お前みたいな女が経営している店よりも、きっともっと繁盛するぜ」

 ヨハンは調理経験があるのか……。

 手下その1とその2がその下で働けば、なんとかお店はやれるわけね。

「いいわよ。今日でこのお店を出て行くから」

「えっ? いいのか?」

 どうやらヨハンは、私たちが素直に店を出るとは思わなかったようだ。

 かなり驚いた様子で、本当なのかどうか尋ねてきた。

「いいのかもクソも、ヨハンはブランドンさんの孫で、このお店を継ぐ権利があるわ。やる気があるのならやってみれば?」

「ようし! 明日からは俺がこの店の店主だ! ベクとダグも手伝いを頼むぞ」

「ヨハンさん、任せてください」

「これまで以上の繁盛店にしましょうね」

 ちゃんと美味しい料理が作れれば……作れなくても、最初はこの砂浜に一軒しかないお店だし、海水浴客は一見さんも多い。

 お客さんがいなくて困るということはないはず。

 ただそれに胡坐をかいていると、お店は簡単に潰れてしまうだろうなぁ。

「姐さん、いいんですかい?」

「いいわよ。元々お店の賃料が破格だったから」

 ブランドンさんは、この砂浜のお店がなくなるのが嫌だった。

 親族が誰も継いでくれなくて寂しがってた時に、私が短期間でも借りてお店をやってくれる。

 それが嬉しかったから、最初は無料で貸すなんて言ってきたのだと思う。

 トラブルの原因になるかもしれなかったから賃料は払ったけど、それが正解だったみたい。

「うちとしては、姐さんたちの事情はヤーラッドの親分さんから聞いているので、できれば王都の問題が解決するまでは、ここでお店をやってほしかったなと」

 自警団の人たちは、海水浴客たちの警護も担当しているそうだ。

 少人数ながら人を配置しているけど、ここには食事をとるお店が一軒しかない。

 少し前まではブランドンさんのお店で、今は私たちのお店だ。

 私たちがお店を閉めるといちいち食事を摂りに町に戻るか、お弁当を持参しなければならないらしく、できる限り私たちにこの砂浜で商売をしてほしかったみたい。

「親分に掛け合って、明日からのショバ代は無料にしますから」

「いいの?」

 このお店では商売できなくなったけど、無料で砂浜で商売をしていいことになった。

 ラッキーね。

「明日から連中が店をやるので、そこからキッチリ徴収します。勿論支払えないなんて甘えは許されませんので。自分ならもっと繁盛させられると我々の前で大見得を切ったのですから、ちゃんと実行してもらいましょう」

「それもそうか。私たちは、お店がなくてもなんとかしてみるわ」

 実はなんとかできるから、新店舗をオープンさせる予定だけど。

 それにしても、ショバ代が無料でいいなんて儲かっちゃったわ。

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