第26話 理想的なパートナー

 玲美は高校生の頃から脚本を書いていた。それは父親の影響が大きかった。玲美の父親は舞台の世界では名の知れた演出家だった。だが、玲美が中学生の時、病気で他界した。父が残した書きかけの文章を読んでいると心が落ち着いてくる。玲美は父の部屋に籠って自分でも文章を書くように自然となっていったのだった。


 玲美の父親の友人である水野は、父親が亡くなってからも家を訪ねてくれていた。その水野が主宰している劇団に玲美は高校入学と同時に通うようになっていた。

「これじゃあ、伝えたいことが伝わらないだろう」

 ベテラン劇団員が檄を飛ばす。

「じゃあ、伝えたいことって何なのですか?僕は見てくれる人にそこを考えてもらいたいのですよ」

 若い劇団員は負けずに言い返す。

 そんなやり取りを見ているだけの玲美だったのだが、気が付いたら参戦している自分がいた。その興奮が病みつきになり、玲美は学校をサボりがちになったこともあったが、なんとか高校は卒業をした。

 高校を卒業してからは劇団での活動に専念をした。劇作が業界でも認められ、舞台では主役で立つことも増えていった。


「玲美先輩、ちょっと相談があるのですが・・・」

 劇団は違うのだが、仲良くしている後輩から居酒屋に呼び出された。玲美はお酒の席での演劇論を交わすのが苦手であった。打ち上げなどは顔を出すのだが、すぐにこっそり脱げ出すことでも仲間内からは有名だった。

「ねえ、どうしたのよ」

「すみません。先輩がこういう場所は好きでないって知っていて呼び出したりして」

「こういう場所が嫌いな訳ではないの。こういう場所で演劇論を交わすのが苦手なのよ」

「そうだったのですか?」

「お酒が入ると男性陣は変わるじゃない」

「そうなのです。実はそれで私も困っていて」

「何かあったの?」

「はい、うちの劇団員のメンバーから誘われてしまって・・・」

「いるのよね、女性としか見てくれない男性が。仕事仲間を口説いてくる人って、本当に信用できないわね」

「玲美さんもそういう目にあったことがあるのですか?」

「私は幸い、父親を知っている人が多い劇団だし、子どもの頃から出入りをしているから、そういう目では見られていない。というか、私にそういうことを言ってくる人はいなかったのよ。男性たちの間で何を言われているかは知らないけれど」

「そうなのですね。羨ましい」

「アリサちゃんは美人だしグラマーだから、男性陣もほっとけないのね」

「でも、私は舞台俳優として認められたいのです。舞台にもっと集中したいのに、どうせ腰掛けだろうとか、俺が食わせてやるとか言ってきて、もう頭にきちゃう」

「そっか、劇団には男性がいるから恋愛沙汰とか揉め事があるのかもね。いっそのこと、女性だけの劇団があれば良いのかもね」

「あっ、それ良いです。玲美さん、作ってくださいよ。女性だけの劇団を」

「えっ、無理よ」

「そんなことないですよ。玲美さんを慕っている女性劇団員って沢山いるのですから。声をかければ集まりますから」


 玲美は考えた末に、女性だけの劇団を作ることを決意した。しばらくはやる気のある劇団員が集まり活気があった。マスコミからも取り上げられ、最初の公演は大成功と呼べるものだった。玲美の名前も知れ渡るようになり、テレビドラマの脚本の話や出演の機会も得た。玲美は劇団にさく時間が少なくなるのだが、一緒に劇団を始めたアリサに任せていたので、問題はなかった。

 しかし、徐々に役が貰えず不貞腐れる女優や、目立とうと必死になり過ぎて空回りする女優が現れ、一致団結して舞台を盛り上げることから遠ざかる一方になっていた。


「アリサちゃんに任せていたのに、どうしてこんな風になってしまったのよ」

 玲美はアリサを責めるばかりになっていた。

 それから数日後、アリサのよからぬ噂を耳にした。玲美はアリサを呼び出した。

「噂になっているわよ。劇団はもう解散するって」

「・・・」

 否定はおろか言い訳すらしないアリサだった。

「あんなに演劇が大好きで熱心でもあったのに何があったの?」

「玲美さんのように人望もないし、私には力がなかったのです」

「そんなことないわよ」

「いいえ、皆、私の言うことを聞いてくれません。勝手な事ばかり言って、稽古にも集まらない日が増えてしまって、バラバラになってしまった・・・玲美さんこそ劇団にはもう興味がないのですか?」

「そんなことはないけれど・・・」

「次回公演だって全て私任せだし、だったら解散した方がお互いのためです」

 今度は玲美の方が否定も言い訳もできないでいた。玲美自身、自分のことで精一杯だった。テレビドラマの脚本が好評だったのは初めの頃までで、次第に視聴率が取れないレッテルを貼られるようにまでなっていた。人に会うことを避け、家に籠ることも増え、同棲している忠司とも上手くいかず、劇団のことまで頭が回ってはいなかった。

「ごめんなさい。全部私が悪いのよ」

「玲美さんがそんなことを言うなんて・・・」


 ハッとして目が覚めると、ママが出してくれた冷たい水を一口飲んだ。もう一口飲むと頭が冴えてきた。

「情けないですね、私」

「人は情けないものよ。その自覚があるから人にも優しくなれるのだから」

「はい、情けない自分を認められずにいました。それなのに自分のことばかり考えていて周りが見えていなかった。多くの人から慕われて劇団を作ったのに無責任に放置してしまって・・・」

「出会いが無いって嘆いている婚活女子みたいに、遠くの理想ばかりを追いかけても幸せにはなれないからね。理想的なパートナーは身近にいるのに、それに気が付かない」

「一人で勝手に悩んで苦しんでいました。私には素敵なパートナーが沢山いたのに」

「あら、良いことを言うわね。そうよ、パートナーって沢山いて良いのよ。それを忘れてしまうから苦しくなるの。私は昔から思っているのだけれど、仕事のパートナーと恋人としてのパートナーと遊びのパートナーって具合に、沢山いた方が楽しいわよね。私なんて仕事と家庭のパートナーが同じだけれど」

「それはそれで素敵ですよ。色々な形ややり方があって良いのだから。あっ、ちょっと劇作のアイデアが浮かんできました」

 玲美の目は輝きを取り戻した。

「戦闘意欲が戻ってきたようね」

「はい、もう一度皆の話をよく聞いて劇団を立て直します。まずは皆に頭を下げることから始めないと」

「子どもを産むのはまだまだ先ね」

「はい、もともとそれほど子どもが好きでもないので・・・」

「あら、そうだったの・・・」


 玲美が外に出ると満月が凛として夜空に存在感を示していた。もう一度一から出直す覚悟をその月に誓うのであった。

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