第15話 あなたは魅力的 カシスソーダ

 円花の同じ中学だった友だちの結婚式がきっかけとなり、同窓会が開かれることになった。同窓会ではあるのだが、41歳という年齢だと集まれる人数も少なく、担任も呼ばない小規模な集まりになっていた。

「寿々子のウェディングドレス姿、綺麗だったわよ」

 そこでも話題はその日欠席をした寿々子の結婚式の話で盛り上がった。

「友哉くんはまだ独身だったわね」

 その言葉に円花は胸がドキッとする。友哉とはなるべく距離をとって座っていた。この同窓会に参加することを決めたのは、本当は友哉が来ないと幹事から聞かされていたからだった。それが急に出席できるようになり、円花はそれを知らされないまま当日を迎えていたのだった。

 友哉とは高校も同じだった。そして高校卒業間近には付き合うようになっていた。しかし、円花が短大を卒業して幼稚園に就職をしてから一年後には自然と別々の生活を歩んでいた。

 同窓会がお開きとなり、まだ飲み足りないメンバーを残して、円花は独りで帰路につこうとしていた。

「円花、久しぶり」

 友哉は相変わらず爽やかで若々しかった。あの頃からとてもモテていて、特に下級生からの人気は絶大だった。

「海外で仕事しているって聞いていたけれど」

「そう。シンガポールにいるのだけれど、ちょうど仕事もあったから急遽帰国した。円花に会いたかったしね」

 円花は後の言葉は聞こえないふりをした。

「シンガポールなんて行ったことないわ」

「今度来ればいいよ。案内するから」

「子持ちの母親には無理な話よ」

「そうなのか。家族で来ればいい」

「私の夫は仕事人間だから、やっぱり無理かな」

「こんな素敵な奥さんほっとくなんて、バカな男だな」

「そうね、ほっとかれっぱなしよ。母子家庭みたいなものね」

「幸せか?」

「えっ・・・」

 円花は言葉に詰まってしまった。

 それから円花は友哉に押し切られるように、会う約束をしてしまっていた。


 円花は迷いながらも心が躍る気分で、待ち合わせのホテルのラウンジで待っていた。38階の天井から一面ガラス張りの景色に最初は圧倒されていたのだが、現実とはかけ離れた異空間を円花の身体は徐々に堪能しているようだった。

「ごめん、待った?」

「いいえ、この景色を楽しんでいたから」

「ここは夜の景色もお勧めだけれど、僕は昼間の方が好きだな」

「どうして?」

「空が見えるからかな」

「そう言えば、友哉って昔から空とか高い場所が好きだったわね」

「そうかもね。シンガポールのホテルの最上階にあるプールにはよく行っているよ」

「テレビで見たことあるわ。私も一度行ってみたくて」

「だったら招待するよ」

「やっぱり無理よ。今は結婚して子どももいるし、そう簡単には出歩けないから」

「勿体ない。もっと楽しまなきゃ」

 円花は今日ここへ来るにあたって、服選びに苦労していた。外出服といったら、結婚式の参列か子どもの入学式向けのものになってしまう。外食に行くとしても、カジュアルな服装が常であった。ホテルのラウンジと聞いて、円花はネットでふさわしい服装を検索してみた。すると若い子向けのワンピースなどが紹介されていて、この年に会う服が見当たらなかった。結局、円花はキャリアウーマンが着るようなジャケットスーツをネットで注文したのだった。

「そのブラウスの色、似合っているね」

「これ、もう何年も前に買ったのだけれど、ずっと着る機会がなくて・・・」

 薄い桃色でレースの丸襟ブラウスを褒められ、円花は照れていた。


 円花は友哉と別れて呆然として歩いていた。もっと早くに帰るべきであったのだが、夕食を共にした後もバーに行ってしまい、かなり遅い時間になってしまった。円花を女性として扱ってくれる友哉とは、いつまでも一緒の時間を過ごしていたかった。

 気が付けば、バー『タイムトラベル』の前にいた。円花は思いっきりドアを開ける。カウンターに立つ蝶ネクタイを締めたバーテンダーが穏やかに迎えてくれた。


「最初の一杯はビールを飲んでいただくのがこの店のルールになっています」

「すみません」

 出されたクラフトビールはグレープフルーツの苦い味がした。その苦さに虜になってしまう円花だった。

「美味しい。苦いのに癖になるのって恋愛みたいね」

「恋愛ですか?」

「恋愛に憧れているのかな、私」

「恋愛って刺激的ですからね」

 バーテンダーの真治は、どこか自信なさそうに言った。

「そうかもね。刺激を求めているのかな、私は」

「幸せな生活を送っていると、ドキドキすることを求めてしまうのかもしれませんね」

「幸せなのかな。確かに妻としてや母としてはとても幸せです。ただ、女性としての幸せには程遠いから」

「女性として、ですか。私は女性として生まれたのですが、心は男性として生きたがっていました」

「男性として生きたいのに女性になることを求められてしまうのって、辛かったでしょうね」

「そうですね。でも、今はパートナーもいて、子どももいて幸せ過ぎるくらいですが」

「私が贅沢なのかしら」

「そんなことはないですよ。女性としての幸せって妻とか母とかの肩書とは違うものだから」

「わかってくれます?」

「私のパートナーは元男性ですが心は女性です。多分、普通の女性より女性としての扱いを求めてきます。身体は私より大きいのですが、綺麗だよ、とか、かわいいよ、って言わないとむくれることがありますからね」

「私は夫からそんな言葉、結婚前だって言われたことないわ。今日ね、昔の彼氏に会ってきたの。彼はまだ独身で私を女性として扱ってくれたの。何だかこのまま彼についてシンガポールへ行ってしまおうかしら」


「だったら、これ飲んで、シンガポールへ行ってきてください」

 円花は恐る恐る出されたカシスソーダを口に含んだ。一口飲むと勢いが付き、残りは一気に喉を通過していった。

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