第14話 憧れのタコウインナー弁当

 豊が妻の円花と知り合ったのは30代になり仕事も一番乗りに乗った時だった。大きなプロジェクトの一員にも選ばれ、仕事中心の生活に満足をしていた。

 紹介された時から断ればいいと考えていたので、最初は気楽な気持ちで円花と会った。会っている時は楽しかったし、断る理由も無かったので、デートを重ねていた。


 ある日、海の見える広大な公園に二人でピクニックに行った。小さい子どもを連れた家族連れや若いカップルたちが点々と比較的距離を保ってレジャーシートを広げている。遠くから子どもたちが走り回る姿を見ることは、子どもに興味があまりあるとは言えない豊にとっても、心和む時間だった。

 円花は自分の手作りだというお弁当を広げた。

「すごいね。これ全部自分で作ったの?」

「ええ、お料理好きなので」

「あっ、タコさんウインナーだ!」

 豊は子どものようにはしゃいでいた。

「子どもっぽいかなって思ったのだけれど・・・」

 円花は恥ずかしそうに、そして嬉しそうに言った。

「嬉しいよ。タコウインナー弁当には憧れがあったから」

「憧れ?」

「そう、お袋は料理をあまりしない人でね。特に俺が保育園の頃は自分でブティックの経営していたものだから、運動会や遠足のお弁当は買ってきたものや出来合のおかずばかりで。周りは皆あの頃でもキャラクター弁当やら手の込んだものが多かったから、とっても羨ましくてさ」

「そうだったの」

「だから、結婚したらこういうお弁当を作ってくれる女性がいいなって思っていた」

「私、保育園に実習に行ったことがあるのだけれど、実はね、そこで結婚したら専業主婦になろうって決めたの。ちゃんと働いて子育てをしている人たちはとても立派だと思う。けれど私は器用ではないからそうできないなって」

 豊はその時、円花と結婚することに抵抗がなくなっていた。

 その後、周りのお膳立てのおかげもあり、結婚話がとんとん拍子に進んでいった。


 結婚してからも、豊は自分のペースで仕事に邁進できた。子どもを出産してしばらくの大変な時期でも、夜遅くに帰っても文句ひとつ言われず、泊りや休日出勤にも快く送りだしてくれる円花に心から感謝をしていた。


 春菜とは友人主催の飲み会で知り合った。口下手な豊かであったのだが、春菜とは初めて会った時から不思議と何でも話ができた。女性らしいメイクや服装であるにもかかわらず、春菜には女性を意識させない毅然とした雰囲気があった。仕事に男性以上に熱心に取り組む姿勢に同志という感覚を覚えた。会話は仕事や社会情勢のことばかりで、色っぽい話になることはないと豊は思っていた。


 いつものメンバーが集まり、その日もワイワイと楽しい時間を過ごしていた。豊は遅れてその集まりに参加することが多く、その日も皆の酔いが回った時間に合流したのだった。

 春菜は豊に気を使ってくれて、お酒や食べ物を持ってきてくれる。自然と二人で飲んでいる感じになり、豊は疲れていたこともあり、いつもより早くに酔ってしまった。

「俺たちキャバクラ行くけれど、豊はどうする?」

 男性陣はその集まりの後、連れ立ってキャバクラへ行くことを楽しみにしていた。女性陣はあきれ顔をしながらもそれを許してくれるのだった。

「俺は、ここでもう少しだけ飲んで帰るわ。明日も早いしね」

 豊はキャバクラのような場所を苦手としていたので、大抵断っていた。

「春菜、私は先に帰るわね。明日は福岡に出張なのよ」

「私は大丈夫よ」

 結局、二人でその店に残された。それからの時間はあっという間だった。気が付けば終電もなくなり二人はホテルに入っていた。


 気が付いた豊は暫く呆然としていた。ミツヨが渡してくれた冷たい水を一気に飲み干す。豊の心は少しだけ冷静になっていた。


「恋って何なのでしょうね」

 豊はボソッと独り言のように呟いていた。

「そうね。人にとって一瞬は必要なものだけれど、永遠には有り得ないものなのかも」

「そうですね。あれは一瞬の恋でした」

「それも素敵だけれど。思い出にするしかないのかも」

「思い出か・・・でも子どもは現実ですよね」

「私は思うのだけれど、その子が望んだ時に会ってあげればそれで良いのではない?」

「望んだ時に?」

「そう、認知問題って結局はお金のことでしょう。先方さんがその必要がないのであれば、無理にそうすることはないわよ。それよりも、いつでも自分が父親だと名乗るって伝えておいて、連絡先だけ渡しておけば」

「それだけで良いのでしょうか」

「だって、本当のことって何よ。自分の子が欲しいって不妊治療に頑張り過ぎる人っているけれど、私はその時間とお金があったら、世にいる親に恵まれない子に何かしてあげればって思っちゃうのよね。自分の優秀でもない遺伝子を残してどうするのよ。ただのエゴイストじゃない」

「はあ・・・」

 ミツヨのハッキリし過ぎる個人的意見に豊は少々面食らっていた。

「ごめんなさいね。独りでエキサイトしてしまって。とにかく、血の繋がりより一緒にいる時間の方が大切でしょう。だけれども子どもにとってはルーツというのはとっても大事なことだから、それはちゃんと伝えるべきじゃない」

 それはわかっている、ただ、今の家族への後ろめたさが心に残る。

「妻には告げなくてもいいのでしょうか?」

「墓場まで持っていく覚悟を持ちなさい。相手の方だってそれを望んではいないのだし。それを告げて清々するのはあなたでしょう。それこそ勝手な話だわ」

「そうですね。自分の心が楽になることばかり考えていました」

「時の経過が何かの解決策をもたらすこともあるから、今は今のベストを選ぶのって、悪いことではないはずよ」


 豊の心には、どんと思い荷物が増えた。だが、それをちゃんと受け止めて持ち続けることが自分に与えられた運命であると納得できた。

 豊は明日、春菜に会っていつかその子が会いたいと言った時には会いに来ることを約束しようと決意していた。

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