第7話 ウェディングドレス
「
「41歳には見えなかったわ」
「あの寿々子がね。見違えちゃったね」
友人たちは口々に寿々子を褒め称えている。
円花は少しショックを受けていた。41歳で初婚の寿々子は本当に綺麗で輝いていた。東京での就職を諦め、地方のテレビ局に入社した寿々子は、同級生の間でも目立つことなく、むしろ地味な存在だった。結婚もせず仕事もパッとしない負け組だと、陰口すら叩かれていた。
それがいつの間にかフリーのアナウンサーになっていて、白金の洒落たチャペルでIT起業経営者と結婚式を挙げたのだ。円花の頭は敗北感で占拠されていた。
友人たちのほとんどが主婦だということもあり、午後6時には解散になったのだが、真っ直ぐ家に帰る気分になれない円花だった。二世帯住宅で同居をしている夫の両親が、今日は一人息子の
頭の中で何かが大騒ぎしているのだが、正体は不明で何とも気持ちが悪い。下ばかりを見て歩いていたらとても柔らかい何かにぶつかっていた。
「ごめんなさい」
顔を上げるとそこには黒いドレスの大柄な女性が怖い表情で立っていた。
「本当にすみません」
再度、深く頭を下げる。
「飲んでいく?ちょっと待っていて、看板出しちゃうから」
かなり重そうな看板を軽々と持ち上げている。元は男性だったのだなと円花は思った。
断る理由はない、むしろ渡りに船だった。円花はバー『タイムトラベル』に躊躇うことなく入っていた。
「最初の一杯はビールを飲んでいただくのがこの店のルールになっています」
ママはミツヨと名乗った。出されたクラフトビールはコーヒーに似た風味で普段お酒を飲まない円花には飲みやすく美味しかった。
「ウェディングドレスって若くないと着られないって思い込んでいて・・・」
円花は聞かれてもいないのにベラベラと話し始めていた。
幼稚園に勤めていた円花は、とにかく早く結婚して自分の子どもが欲しかった。就職先に幼稚園を選んだのも早く結婚ができると聞いていたからだった。
「どうしてそんなに早く結婚したかったのよ?」
ママのミツヨが呆れた顔で聞いてくる。
「周りもそうだったし、何となくですかね」
「何となくね」
ミツヨの顔が歪む。
「ウェディングドレスに憧れていました。子どもの頃から理想とする結婚式があって、それを叶えてくれたのが今の旦那です」
「それはどうもご馳走様」
「でも、それと引き換えに旦那の両親とは同居していますが」
「嫁姑問題があるの?」
ミツヨは何だか嬉しそうになる。
「それが、ないのです」
「あらそう、面白くないわね。でもない方が良いじゃない。何だか無いのがいけないような口ぶりね」
「そういう訳ではないのですが、私、何も頑張ってこなかったなって、今になって思ってしまって」
「苦労をしていないってことでしょう。別に苦労なんてわざわざすることでもないわよ」
「そうなのかもしれませんが、今日友だちの結婚式に出席してきたのですが、彼女がとっても輝いていて素敵だなって・・・」
「嫉妬した」
「まあ、そうですね」
「私、どうして結婚したのだろう・・・」
円花は幼稚園の先生になったばかりの頃、高校の同級生と付き合っていた。円花は真剣に結婚を考えていたのだが、相手はまだ学生で結婚する気は全くなく、だんだん会う機会も減り、気が付いたら自然消滅してしまった。
結婚を焦っていた円花は、すぐに結婚相談所に登録をし、何度もお見合いを重ねた。だが自分が好きになる男性からは好かれず、苦手なタイプからばかり交際を申し込まれた。二回くらいデートのようなことをしても三回目は相手から断られるか、こちらから断るか、どちらにしても成約することなく、時間ばかりが過ぎていった。
その頃、円花は趣味でフラワーアレンジメントを習っていた。その教室には様々な年齢の主に女性が通ってきており、そこでのおしゃべりが円花は大好きだった。特に20歳上の女性とはとても仲良くなり、教室の外でも会うようになっていた。その女性から紹介をされたのが豊だった。
豊はスラッとしていて背も高く、ジャニーズグループにいそうな、それほどハンサムではないが不細工でもない、整った顔をしている魅力的な男性だった。
円花の方が積極的にデートに誘った。いつの間にか毎週会うようになり、豊は積極的ではないものの、嫌がらずに円花が行きたい所へと連れて行ってくれた。
豊は無口だと自分で言っていたので、会話が弾まなくてもそれほど苦にはならなかった。それが心地よいとさえ円花は感じ、二人でいることが当たり前になっていた。
知り合いの女性の後押しもあり、円花と豊の結婚話はとんとん拍子に進んだのだった。
「だったら、これ飲んで結婚した頃に戻ってくれば」
13年ものだというウイスキーのロックを円花は一気に飲み干した。
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