緊張と混乱のお昼休み!

 昼休み、勇気を出してもえちゃんとふたりで、となりの二年生の教室をのぞいた。

 階段はわたしたち一年生の教室側にあるし、二年生の教室の前を通らないと行けない場所もないし、となりとは言え、この、二年生の教室前の廊下という、二年生の領地ナワバリに立ち入ることは滅多にないの。

 めちゃくちゃ緊張する!

 そうっとドアから中をのぞいてみたら、ナツメさんは窓ぎわの席だ。

 わたしたちに気付いた先輩たちが、ものめずらしそうにこっちを見ていて、恥ずかしくなっちゃう。もう誰かにお願いして、読んできてもらおうかな。

 わたしが勇気をだして、ドアの近くの先輩に声をかけようとしたら、後ろから誰かがわたしの肩に手をおいた。

「ミントちゃん、どうしたの?」

 ふりむくと、その手は紫苑先輩の手だった。

「あ! 紫苑くん」

 もえちゃんが言うと、紫苑先輩はもえちゃんにも「やあ、もえちゃん」とあいさつした。

「紫苑先輩、その、ナツメさんにご用があって……」

「ナツメに? 呼んできてあげようか?」

「いいんですか?」

「もちろん、ちょっとまっててね」

 紫苑先輩はそう言うと、爽やかな笑顔でわたしたちに手をふって教室に入っていった。

 まっすぐにナツメさんの席の前に立って、何かを話して、そしてわたしたちの方にふりむいた。ナツメさんも同時にこっちを見る。

 すかさず、もえちゃんが、小さく手招てまねきをする。

 ナツメさんは「はあ?」って感じで口を大きく開けて、自分の顔を指さした。

 わたしも両手をあわせて、必死に「お願いします」のジェスチャーをした。

 ナツメさんは、紫苑先輩と少し話してから、ひとりでこっちに歩いてきた。

「何だよ」

「あの、ナツメくん、ちょっといい?」

「図書室の方に行きません?」

 図書室の方はあんまり人がいないから、静かにお話できるかと思って提案ていあんしてみたら、ナツメさんは無言で図書室の方に歩きだした。

 もえちゃんは、怒らせたと思ったのかしょんぼりして後を追った。

 わたしは、教室をもう一度のぞいて紫苑先輩にぺこりと頭を下げた。紫苑先輩は、ナツメさんの席の前から笑顔をで手をふり返してくれた。


「何だよ?」

 図書室近くの廊下に来て、ナツメさんはこっちを振り向いて、さっきよりは優しい声で聞いてきた。

 その声色に、もえちゃんはちょっとホッとしたみたいだった。

「あ、あの、おじさんのケガ、大丈夫?」

 もえちゃんがおずおずとうつむきながら言った。いきなり「今朝けんかしてみたいだけど、大丈夫?」なんて聞けないよね。

「別に。お前に関係ねえじゃん」

「そ……そんなこと……」

 えっちょっとナツメさんそんな言い方なくない?

 もえちゃんも、ショックだったみたいで、すっかり下を向いちゃった。

 ここは、わたしがなんとかしなくちゃ!

「あ、あの、少し聞きたいことがあるんですけど!」

「何だよ。店なら今日も休みだぞ」

 ぶすっとした顔のまま、ナツメさんが言うと、もえちゃんがハッと顔を上げた。

「どうして? 昨日、おじさん、今日はお店開けるって……」

「何だよ、そんなに油揚げ食いたいのかよ。別にいいだろ。休みって言ったら休みなんだよ」

 も~いちいち乱暴らんぼうだな~! もえちゃんを落ち込ませないでよ!

「あの、お店がお休みなのはわかりました。わたしが聞きたいのはそのことじゃなくて。その、ナツメさんのお父さん、けがをしたとき、何かなくしませんでしたか?」

「は? なんでそんなこと聞くんだよ」

「そ、その、ヨジロウが、聞いてほしいっていうから」

 ポケットでスマホがブーッて振動した。ヨジロウかな?

 ナツメさんはわたしを、何だかすごくイヤなものを見るような目で見た……ような気がした。ううっ……ジロジロ見ないで下さい。わたしが悪いんじゃないんです……!

「ヨジロウって、昨日一緒にいた変わったカッコのやつか?」

「そうです」

「なんで、あいつがそんなこと聞くんだよ」

「油揚げ、食べたいから、早くナツメさんのお父さんんに元気になってほしいそうで」

 もう、理由が油揚げとか、言ってて恥ずかし~!

「……カマ」

「え?」

「草刈りに使うカマ、川に落としたって言ってた」

「ほ……ほんとうに、落としてたの?」

 びっくり。ヨジロウ、いったい何を考えてるんだろう?


「やっぱりか!」


「へっ?」

 急にヨジロウの声がした。待って待って! 今スマホにいるんじゃ……?

 って、ポケットが光ってる!

「ミント! どうしたの?」

 ナツメさんももえちゃんも、ふたりともまっ白に光るわたしのポケットを見てる!

「だだ、大丈夫大丈夫!」

 あわてて苦しい笑顔を作ってポケットからスマホを取り出すと同時、光の中からヨジロウが、昨日と同じ少年の姿で現れた。


「まちがいない! お前の父親はアヤカシにやられたんだ!」


 さっそうと指をさして、名探偵さながらきっぱりと叫ぶヨジロウの、ドヤ顔をよそに、もえちゃんもナツメさんも、ぽかんと口を上げてかたまってる。

「ヨ……ヨジローくん今……どこからどうやって……」

「もも、もえちゃん、あの……これは……」

「すごい……!」

「え?」

「すごーーい! 不思議なことに出会っちゃった!」

 ああ、そうか、もえちゃん、不思議なこと大好きなんだった。さっきまでの落ち込んだ顔が、急にキラキラしてる。よかった……よかったのかな?

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