腹ペコのシキガミさま

 ――……トさん。

 ん?

 誰だろう? かわいい女の子の声…

 ――ミントさん。

 まっ白なきりの中から、ぼんやりと小さな影が見える。

 長くて、つやつやの黒い髪がゆらりとゆれた。でも、顔がよく見えない。

 あなたは誰?

 ――ミントさん。ヨジロウを……


 ――ヨジロウを、たのみます――



 ブーッブーッブーッブーッ


「わあああああ!」

 枕元まくらもと充電じゅうでんしてたスマホから、ものすごい振動しんどうがして、わたしは飛び起きた。

 あれ? わたし、スマホでアラームなんてセットしたっけ?

 ていうか、今何か、夢を見てたような……。

 ブーッブーッブーッブーッ!!

「おっとスマホスマホ……」

 スマホを取ってアラームを止めようとして、びっくり。

 液晶えきしょういっぱいにヨジロウの顔と肉球が……!

「わああ!」

 びっくりして落としそうになると、振動しんどうが止まった。

 え? もしかしてヨジロウに起こされた?

 スマホから白い光の玉が出てきて、ベッドに座っていたわたしのひざの上で、白いキツネになった。

 ヨジロウってこうやってスマホから出てくるんだ~なんて思ってたら、肉球がぷにっとわたしのほっぺをはさんだ。

「おい! 腹がへった!」

「うえ? おなはふいはの?」

 ほっぺはさまれて、うまくしゃべれない。

 ヨジロウの手が離れたので、スマホを手にとって時間を見てビックリ。

「五時?」

 こ……こんな時間に起きたことなんて、初めてじゃない?

「もうちょっと寝かせて」

 そう言ってパタリと横になったら、ヨジロウの前足がわたしの顔を思い切りふみつけてきた。

 ううう……そう言えば、クラスの子がネコを飼ったら朝早く起こされるって言ってたなあ。

「もう。ヨジロウは何を食べるの? うちにキツネ用のペットフードとかないしなあ」

「ペットってなんだ?」

 ヨジロウが右の耳をピコピコさせてわたしの顔をのぞきこんだ。

「え? 何って、ほら、犬とかネコとかお家で飼われてる動物のこと」

「俺はネコじゃないって言ってるだろ!」

 プンスコ! って音がしそうないきおいでそう言うと、またわたしのほっぺを肉球ではさんだ。

「やめへ~! もう~。うーん……お水とお菓子お供えされてたよね……そういうのがいいの?」

「あぶらあげ」

「……は?」

白花城はっかじょう献上けんじょうされてた油揚あぶらあげがいい」

白花城はっかじょうって、学校の裏山にある、お城跡のやつ? その油揚げはよくわかんないけど……油揚げなら冷蔵庫れいぞうこにあるかも」

「ほんとかっ?」

しっぽをブンブンふって嬉しそうな声を出したヨジロウが、ぴょこんとベッドから飛び降りてわたしを見上げた。

うん、かわいいかわいいわんこに見えてきた。

「レイゾウコとやらに連れて行け!」

 そう言うなり、ヨジロウは白い光の玉になってスマホにもどっていった。

「もう仕方ないなあ~」 

 わたしはスマホをもって階段をおりて、リビングの奥のキッチンにむかった。

 キッチンには起きたばかりのお母さんがいた。

 しまった……何て言おう。

「あらあ、おはようミント。早起きね! どうしたの?」

「おはよう。目が覚めちゃって……その、お腹すいたなあっていうか」

 言いながら冷蔵庫をあけると、油揚げがあった。そうっとそれに手をのばす。

「油揚げが食べたいの? そのまま食べちゃだめよ。お味噌汁みそしるに入れてあげようか?」

 お母さんが後ろからのぞき込んでた……そうだよね。そのまま食べちゃだめだよね? でもお味噌汁みそしる? スマホ壊れない? ていうかヨジロウってどうやって食べるんだろ?

「え、えっと……お味噌汁じゃなくて」

「そのまま焼いてお醤油しょうゆで味付けてもおいしいと思うわよ」

「あ! そうそれ! テテ、テレビで見たの。おいしそうだなあって思ってて」

「急にそれを思い出して起きてきたの? ミントは食いしん坊さんね」

「あ、あはは……」

「焼いてあげるから、支度したくしてなさい」

「はあ~い。ありがとう、お母さん」

 コップに水を汲んで、そそくさと部屋に退散たいさんする。

 戻ってスマホを見ると、ヨジロウがこころなしかぐったりして見えた。

「ヨジロウ、お母さんが油揚げお料理してくれるみたいだから、とりあえずお水」

 そう言ってスマホの前に水を置くと、水がふわっと光って消えた。

 おおお……なんかすごい。

 お料理ができるまで、ヨジロウのことはどうしようもないので、とりあえず制服に着替えて身支度みじたくをすることにした。

 夕べは結局けっきょく、大急ぎで宿題のプリントをこなして、疲れて眠っちゃった。

 ヨジロウはと言えば、わたしがスマホを見ると、丸くなって眠ってた。ご丁寧ていねいに、ZZZっていう絵文字まで出てたの。笑っちゃった。

 いつものツインテールを、耳の下あたりで結ったところでお母さんの声がした。


「ミント~! 油揚げできたよ~!」

「は~い!」

 スマホを持って階段をおりる。食卓にはいつもの朝ごはん、トーストとジュースの他に、焼いた油揚げが置いてある。食べやすい大きさに切ってあった。

「いただきま~す」

 ちらりとお母さんを見る。キッチンでいそがしそうにお弁当を作ってるから、こっちには気付かなそう。そっとスマホを見ると、なんとテーブルの上にヨジロウが出てきて、油揚げをかじっていた。

「ちょっ……!」

 さっきのお水みたいにふわ~って光って消えるかと思ったのに!

 あわあわしてるわたしをよそに、ヨジロウは一生懸命いっしょうけんめい油揚げをもぐもぐしてる。かわいいけど、早く食べ終わってスマホに戻ってよ~! お父さんやお母さんに見つかったら……

「おはよ~。ミント早いな~」

「おおおお父さん! おはよう!」

 お父さんがリビングに入ってきた。もうお仕事の制服を着てでかけるところみたい。

「ん?」

 お父さんがテーブルを見る。

「今日の朝ごはん、油揚げかあ! うまそ~!」

 思わず目を閉じてしまったけど、目を開けたら、お父さんが指でつまんで油揚げをつまみ食いしていて、テーブルの上にヨジロウはいなかった。

 スマホの液晶えきしょうの中で、なんだか泣きそうな顔をしている。

「あ! お父さん! それはミントのよ! もう」

 お母さんがキッチンから出てくる。

「え? ああごめんなミント! これめっちゃ美味しかった」

「ああ! 全部食べちゃったの?」

 振り向くと、お父さんはなんと油揚げを全部食べてしまっていた。

 ふきんで手を拭くと、お母さんからお弁当を受け取って「じゃあね~」と言いながらでかけてしまった。

 お父さんは市バスの運転手さんなので、いつもわたしが起きるより早くお仕事に行ってしまう。だから、お父さんに油揚げを食べられちゃうなんて、想像もしてなかった。

 ブーッ!

 スマホがひときわ大きく振動しんどうした。

 あはは……ごめんね、ヨジロウ……。

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