迷子のシキガミさま2


 家神いえがみさまじゃないの? シキガミって何?

「そうだ、おそれれ入ったか。よわい千年に届こうっていうリッパなシキガミさまだ。俺はお前のことも、こーぉんな小さなうちから知ってるぞ」

 シキガミのヨジロウ(自称じしょう)は、小さな手をちょいっと持ち上げて、心なしドヤがおっぽい顔をして見せた。

 わたしのリアクションを待つみたいに、顔をのぞきこんできて、右の耳をピコピコさせてる。

 ……うん、かわいい。

「いや……待って? これ夢? 夢じゃない?」


 わたしは気付いた。気付いてしまった。


「はあ?」

 ヨジロウが大げさに口を開けてきょとんとした。

 ごめんね、ヨジロウ。わたしは気付いてしまったの。

 わたしきっと、お坊さんのお経が長くて、静かだから、きっと眠くなっちゃったんだわ。バチ当たりなことしてるから、こんな夢を見てるのねきっと。

「早く起きなくちゃ!」

 大声で言ってついでに、ほっぺも思いっきり叩いちゃう! ペチン!

「いひゃい……」

 おかしいな、夢なのに痛いぞ?

 ヨジロウは耳をぺったんこに寝かせて、目を見開いてこっちを見てる。

 何よう、そんな怯えたような顔しなくても。

 よし! こうなったら仏間ぶつまに行ってみよう! 現実のわたしと同じ部屋に行けば目を覚ますかもしれない!

「お前、何してるんだよ」

「起きるの!」

「はああ? おい、夢じゃねえ……」

 全力ダッシュ――飛び出すと同時に、すごい大きな音がした。

 プアーーーーーーーー!クラクションだ。

 反射的はんしゃてきに音のした方を見ると、そこにはトラックが走ってきてて。


 ――ア。わたし、死んだ? 


「バカ……!」


 ヨジロウの声が耳元で聞こえたと同時。

 ぐるん!

 突然とつぜん景色けしきが大きく回った。……ように見えた。

 ジェットコースターにでも乗ってるみたいな、すごい速さで周りが流れていく。

 何が起こったの? なんて考えるころには、おしりに痛みを感じた。


「あぶねえだろうが!」

 怒鳴どなり声がしてハッとすると、私はおばあちゃんの家の玄関の前に尻もちをついていて、トラックは少し通り過ぎた辺りをのろのろ走ってて、運転手さんが窓から鬼の形相ぎょうそうでこっちを見てた。

「ごっ、ごめんなさい!」

 慌てて立ち上がって頭を下げる。顔を上げたときには、トラックはもう走りだしていた。

 とりあえず、わたしひかれてないよね? いたくない……何があったの?

「ミント!」

「ミント! 大丈夫?」

 お母さんとおばあちゃんが揃って玄関から出てきた。クラクションの音でおどろいて、心配してくれたみたい。

「今の音、何だったの?」

「え、ええと、その」

 夢を見てると思って道路に飛び出して、何が起こったかわからないけど無事だったみたい……なんて言えないよね。

「なんでもないの。転びそうになったところに、トラックがきて」

「やだ! ぶつからなかったの? ケガは?」

「なんとかよけたから、大丈夫!」

「もう、心配させないで。おどろいたわ」

 お母さんはため息をついて、わたしの背中をなでた。

「ごめんなさい」

「いいのよ、さ、そろそろ帰りましょうか」

 お母さんがそう言って、玄関に戻っていくと、おばあちゃんが思い出しだように、お料理やお野菜を持っていきなさいと言って、お母さんをキッチンに連れて行った。


「おい」

「わあっ!」

「お前、何やってるんだ。俺がいなかったら死んでたぞ? 夢じゃねえ現実なんだからな」

 急に声をかけられて足元を見ると、ヨジロウがじっとりとわたしを見上げていた。

 やっぱり、夢じゃないの?

「えっと、ヨジロウ?」

「おう」

「あなたが助けてくれたの?」

「そう言ってるだろ。感謝しろ」

「う、うん。ありがとう」

 エッヘンと胸をはる、小さな白いシキガミは、やっぱりかわいかった。

「でもどうやって?」

「普通にお前のクビをくわえて、ひとっとびしただけだ」

「は? うそ! そんなにちっちゃいのに?」

「そのくらい、チョロいに決まってんだろ」

「そ、そうなの? とりあえず、ありがとうね」

 しゃがみこんで、ペコリと頭を下げると、ヨジロウは思いっきり大きなため息をひとつついて、じいっとわたしの顔を見つめてきた。

「なな、なになに?」

 もしかして、何かお礼に差し出せ、とか言う?

「いや、似てるなあと思って」

「へ? 何に?」

 ヨジロウはむうっと言って眉間にシワを寄せた。

「……別に……」

「別にって何よ、気になるじゃん!」

「ところでお前、さっき俺の社の前で出してたやつ、もう一回出してみろ」

「へ?」

 急になんだろう? スマホのことかな?

 ポケットから取り出して、ヨジロウに見せると、ヨジロウは液晶えきしょうをじいっと見つめて、悪くないなってつぶやいた。

「なかなかいい感じだな。決めた。ここに住む」

「……え?」


 今なんて?


「この妙な札の中に住むと言ったんだ。あの社は俺の本当のねぐらじゃない。せまいんだよな、あそこ」

「そりゃまあ、小さいお社だったけど……って、何言ってるの? ていうか、スマホの方が小さいじゃない」

「だから、俺のねぐらにもどれるまでの仮住かりずまいだ。安心しろよ。場所代として、さっきみたいに何かあったら助けてやる。お前の名前は、みんと、というんだな」

「そうだよ、白羽みんと……って、ちょっと待って!」

 ぴょこんとはねたヨジロウが、まっ白な光の玉になった。

 なにこれ、どういうこと? わたしの意見聞く気、なさすぎじゃない?

 そんなことを考えているうちに、光るヨジロウ玉はすうっと吸い込まれるように、スマホの液晶に向かって消えていった。

「ええええええっ?」

 スマホをタップしてホーム画面を開くと、いろんなアイコンの隙間を、カクカクした白い狐のキャラクターみたいなのが、トコトコ歩き回ってる。昔のゲームのキャラクターみたいになってる……これ、ヨジロウ?

「う……うそぉ……」

 恐る恐る狐をタップすると、ぴょんとはねてこちらを見た。

『何だか変わった場所だが気に入った。愉快ゆかいなのがたくさんで退屈たいくつしなそうだ』

「へっ?」

『これからよろしくな。ミント!」

 スマホからヨジロウの声が聞こえた。

「ちょちょ、ちょっと……!」

『おっこれは何だ?』

 あっと言う間もなく、わたしが最近ハマっているパズルゲームのアプリにヨジロウが触れる。すると、液晶の中のヨジロウはパッと消えてしまった。

「えええっ……ちょっと……大丈夫?」

「ミントー! どうしたのお~?」

「あっはあい! 今行く~」

 お母さんが呼んでる。行かなくちゃ。

 ヨジロウのことはどうしようもないし、とりあえずほっといて……後で考えよう。

「帰りましょう、ミント。明日も学校だし、宿題、まだやってないんでしょう?」

「あっそうだった!」

 忘れてた……これは帰ったらすぐプリントやらなくちゃ。

 苦手なこと、後回しにしちゃうの、悪いクセだなあ。

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