第34話
「見つけたぞ。この魔王城の中まで乗り込んでくるとは、大した度胸だな」
「――フェイリス。俺の後ろにいろ」
「分かったなの」
侵入すること自体には成功したリヒトとフェイリスだったが、早めの段階で敵に見つかってしまった。
大きめの化け物が一匹。その左右には、小さな鬼が二匹。
逃げ出すことは不可能だ。
東の魔王の元まで、誰にも見つからずに辿り着くことが理想だったが、こうなってしまったら仕方がない。
作戦通り、フェイリスを守りながらこの化け物を突破する。
「俺の名はドーバという。そういえば、妙に死霊が溢れかえっているが、お前たちを倒せばいなくなるのか?」
「さあな。試してみたらどうだ?」
「キサマ! ドーバ様に向かって、その口のきき方はなんだ!」
「静かにしていろ――そして人間、試してみろと言ったな?」
ドーバと名乗った化け物は、禍々しい剣を見せつけるように抜く。
人間界では見たことがない種類の剣だ。
明らかに邪悪な何かが宿っている。まともに食らえば、致命傷は免れないだろう。
小鬼は、ニヤニヤとリヒトのことを見つめていた。
「――くたばれ!」
憎しみのこもった一振りが、リヒトの髪の毛をヒラリとさらっていく。
とっさの防御であったが、ギリギリ間に合ったらしい。
普通に受け止めては力で押し切られてしまうため、反発することなく受け流す形の防御になった。
Sランク冒険者として、嫌というほど教え込まれた技術である。
人間以外の相手でも効果はあるようだ。
何とか技が通じるということで、勝利の可能性が少しだけ見えてきた。
「なるほど。剣に関して少しの知識はあるようだな。これまでの人間のような、振り回すだけの馬鹿ではなさそうだ」
「それはどうも」
「しかし。中途半端な実力を持っている者は早死にするぞ。それを今から教えてやろう」
ドーバは剣を片手持ちの状態から、両手持ちの状態に変える。
あの一撃はただの様子見だったらしい。
雰囲気が全く別のものへと変化したのは、目をつぶってでも理解できた。
「――セアッ!」
先ほどまでの大振りとは打って変わって。
鉤爪のように鋭い一振りが、リヒトの左肩を掠める。
運良く読みが当たったことによって躱すことができたが、それが二度続くとは限らない。
フェイリスを庇う余裕など、到底持ち合わせていなかった。
「どうした? 反撃はしてこないのか? それとも、女を守ることの方が大事か?」
「ご、ごめんなさい、リヒトさん。でも、私は別に死んでも大丈夫なの――」
「フェイリスの能力は魔王までお預けだ。雑魚に逃げられるかもしれないから尚更な」
リヒトの言葉を聞いて、小鬼二匹は顔をしかめる。
フェイリスの能力という単語も気になったが、それ以上に聞き逃せなかったのは、逃げるかもしれないという部分だ。
下等種族として見下している人間に、このようなことを言われ黙っていられるほど、小鬼の心は広くない。
右の小鬼は弓矢を、左の小鬼は剣に力を入れる。
「オイ、お前らが魔王様の元まで行けると思ってるのか? そもそも、手を抜いてドーバ様に勝てるわけがないダロウが!」
「……フフフ、舐められたものだな。それなら全力でいかせてもらうが、卑怯とは言うなよ」
ドーバたちの反応として、明確な怒りが感じられた。
相手の冷静さを奪うことに関しては、戦闘中は大きなアドバンテージである。
しかし、この状況では少々マズい展開だ。
「――!!」
三人の攻撃が。
リヒト――ではなく、フェイリスに向けられて放たれる。
庇う形で隙を見せてくれたら万々歳という魂胆なのだろう。
実に魔物らしい考え方だった。
「――フェイリス!」
リヒトが最初に受け止めたのは、禍々しいドーバの剣である。
こればっかりは受け流すようなことはできない。
ミシミシと腕の痛みを感じながら、フェイリスの前に立って刃を重ねた。
「もらったぁ!!」
剣の根元を受け止めることで威力を殺せたが、その分身動きが取れなくなる。
リヒトは、隣を通り過ぎる小鬼を目で追うしか選択肢が残されていなかった。
最初に。
右の小鬼の矢がフェイリスの左手を貫く。
心臓を狙っていたようだが、冷静さを欠いていたらしく見事に外してしまっていた。
「トドメだ!」
あまりに簡単すぎる相手に、左の小鬼はニヤニヤと剣を振るう。
このメスは戦いに慣れていないのだろう――そんなことを考えながら切り裂いた。
自分の剣技に全く反応できていない。
さながら、いつも使っている試し斬り用の巻藁のようだ。
下っ端として使われていた鬱憤を晴らすという意味で、フェイリスを何回も何回も切りつける。
この瞬間だけは、自分が強くなったと思い込むことができた。
「ざまぁみろ! 俺を舐めるからだ!」
小鬼は勝ち誇った顔で、リヒトを罵倒しながら剣についた血を払う。
ここまで自信が持てたのは何年ぶりだろうか。
その流れは本人にすら止められず。
ドーバに押さえつけられているリヒトへ向かって、殺意をむきだしにしたまま突進して行った。
「クソッ……」
そこで、一匹の小鬼が血を噴き出して倒れる。
当然、楽しそうに剣で切りつけていた方だ。
弓矢を持っていた小鬼は、何事も無かったようにピンピンとしていた。
「――ほぉ」
これらの現象を目の当たりにしていたドーバから、何かに納得するような声が聞こえてくる。
リヒトが考えうる中で、最悪とも言える展開になってしまった。
ドーバに鉢合わせてしまったことから始まり、魔王軍の名に恥じない強さも備えていたこと。
小鬼の存在まで含めると、イレギュラーに好かれているとしか思えない。
「全く同じダメージの受け方だ。攻撃を跳ね返したのか? それも、攻撃を仕掛けてきた張本人に」
「……」
「どうやら正解のようだな」
やはり気付かれていた。
ゴクリとリヒトは固唾を呑む。
もしドーバが伝言魔法の類を使えたとしたら、フェイリスの能力は使えなくなったということである。
「なるほど。ルルカを殺したのは、お前たちだったんだな。あの正確な攻撃が自分の首を絞めるとは……不運な奴だ」
ルルカ――その名前を聞いたことはないが、心当たりならあった。
仇討ちと言わんばかりに、ドーバの剣に力が入る。そして、剣も憎悪の気持ちに反応するように熱を放っていた。
少しでも気を抜いたら、ぺしゃんこに潰されてしまいそうだ。
「――ウッ!?」
突然。
ドーバの剣にかかっていた力が抜ける。
苦しそうな呻き声を上げ、目からは血がドクドクと流れ始めた。
ただならぬ様子だ。
ドーバ自身にも、今何が起きているのか理解できていないようだ。
そして遂には、剣を握っているだけの握力も無くなり、剣と同時に床へと落ちていく。
既に息絶えている小鬼のことを考えると、もがくだけの力が残っているドーバの生命力が異常に感じられた。
「リヒトさん、ごめんなさい。死んじゃったなの」
「気にしないでくれ。守り切れなかった俺が悪い。流石に三人相手は無茶だった」
小鬼が死んだのと同じタイミングで復活したフェイリスは、申し訳なさそうな顔でリヒトの元へと近付く。
結果的に作戦は失敗してしまったが、それを責めるような者はここにいない。
反省するのは、この戦いが終わってからだ。
「……おい。貴様、俺の体に何をした……解毒不可の超猛毒だ……」
「それは――って、伝言魔法で魔王に伝えようとしてるだろ」
「……クク、精々隠そうとしておくがいい……」
その言葉を最後に、ドーバの体はボロボロと毒によって蝕まれていった。
この状態異常の効果――イリスの【妖精使役】によるものだろう。
フェイリスの能力に夢中で、ドーバは背後から近寄ってくる妖精に気付けなかったらしい。
「イリスはやっぱりえげつないなの」
「お前もなかなか――じゃなくて、そろそろロゼが東の魔王の元に向かっている頃だ。もう役に立たないかもしれないけど、俺たちも向かおう」
「了解なの」
大役を背負ったロゼのサポートのためにも、リヒトは階段を上り続ける。
ロゼのことだ。
増援を待たずして、東の魔王に戦いを挑んでいてもおかしくない。
時間はあまり残されていなかった。
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