第35話

「ガルガ様……ドーバ様の魂が……」


「分かっている。面白くなってきたじゃないか」


 魔王ガルガは玉座で敵の到着を待つ。


 たった今、幹部であるドーバが死んだ。

 いつの間にかルルカの気配も消えている。

 それに対して、敵を殺したという情報は入ってこない。


 久しぶりに現れた強敵だ。

 泣きそうになりながら慌てている下僕のフィーとは裏腹に、ガルガはピンチと言える状況を最大限に楽しんでいた。


「なかなか面倒な奴が相手にいるらしいな。肝心の魔王とやらの姿が見えないのは気になるが、まずは雑魚から片付けるとしよう」


 この数日間は、例にないほど心が昂っている。

 たまにやってくる冒険者の人間を殺すだけの日々に、ガルガはうんざりとしていた。


 世界を支配しようとしても、広すぎてただただ面倒臭い。

 そもそも、弱者をいたぶったところで面白くも何ともなかった。

 何をやる気もなく、何もすることがない毎日は、戦闘を好む魔王の血には退屈すぎたようだ。


 そんな日常を変えたのが一通の手紙である。


 差出人は、最近復活したと名乗る魔王。

 協力しようという旨の内容だったが、暇を持て余しているガルガがそれに応じるわけがない。


 挨拶がわりの攻撃魔法で様子を見たところ、見事アタリを引き当てた。


 期待通り――ガルガと変わらぬ威力の攻撃魔法で、敵対という返事が返ってくる。

 これほど理想的な相手は、百年に一度も現れないだろう。


「ガルガ様……本当に大丈夫なのでしょうか……ルルカ様もドーバ様も倒されてしまいましたし……」


「心配はいらん。そうだな、お前は戦いに巻き込まれないうちにどこかへ逃げておけ」


「そ、そのようなことを言わないでください! アタシもガルガ様と共に――!」


 初めての反発。

 ガルガに意見することは、この瞬間が最初で最後である。


 決してガルガが負けると思っているわけではない。

 しかし。

 言葉にしにくい、直感的な何かがフィーにその言葉を口にさせていた。


「お前がこの場に残ってどうすると言うのだ? 役に立てるという保証はないだろう?」


「それは……そうかもしれません。ですが……」


 ガルガは、優しく子どもに接するようにフィーを諭す。

 ガルガの言う通り――フィーがここに残ったとしても、役に立てるどころか、足を引っ張ってしまうはずだ。


 この言葉には、粘ろうとしていたフィーも諦めざるを得ない。

 足手まといだと言われているようなものなのだから。



「お前は大人しく待ってお……む?」


 突如、玉座の間に入り込んできた生物。

 それも数十匹であり、人の形をしていない。

 敵にしてはあまりにも小さかった。


「ガルガ様! 気を付けてくださ――キャッ!?」


 その正体は漆黒のコウモリたちだ。

 真っ先に攻撃してきたところから、敵で間違いはないらしい。

 ガルガは指一本で弾き返すが、フィーは為す術もなく噛みつかれた。


 一匹に噛みつかれると、それは実質的な終わりを意味している。

 残りの数十匹がアリのようになだれ込み、フィーの体を真っ黒に染めた。


「ほぉ」


 未知の攻撃を興味深そうに観察するガルガ。

 助けることも出来ただろうが、どうしても効果のほどを確認しておきたい。

 それは、フィー自身も望んでいることだった。



「なるほど。そうなるのか」


 コウモリたちに貪られたフィーは、まるで別人かのような姿に変わる。

 肌は血が全て抜けたかのように真っ白になり、口からは鋭い牙がチラリと見えていた。

 典型的なヴァンパイアだ。


「ヴゥ……」


 フラフラと、ガルガの元へ近付くヴァンパイア。

 下僕としての忠誠心が残っているのか、それともガルガの血を吸おうとしているのかは分からない。

 しかし、ガルガからしたらただの敵である。


「〈鬼滅両断〉」


 全く容赦することなく。

 ガルガは剣に変形した腕で、ヴァンパイアの首を跳ね飛ばした。


 苦しまないように最大限配慮した殺し方だ。


 服を欲しがっていたフィーに、魔獣の毛皮をプレゼントして困らせたこと。

 フィーが描いたガルガの絵を、軍旗として採用し恥ずかしがらせたこと。

 かつての思い出が、ガルガの頭の中を駆け巡る。


 下僕として迎え入れてからずっと、不器用な労り方は変わっていない。

 この最後の一撃も、ガルガの愛が詰まっていた。



「……かなり酷いことをするんですね。私が言えたことではありませんが」


「出たな、ヴァンパイア。少しは楽しませてくれよ?」


 コウモリから人型の姿に戻ったヴァンパイア。

 容赦のなさを見せつけられ、ガルガに対しての警戒レベルが引き上がっている。

 ガルガから怒りの感情を読み取れないことが、さらに不気味さを加速させた。


 紛うことなき戦闘狂だ。


「私の名前はロゼです。魔王様を侮ったこと――後悔させてあげます」


「知っている。貴様より魔王様とやらと戦いたいのだが。まぁ、暇潰しと考えておこうか」


 そう言って、ガルガは優雅な足取りでロゼの元へと近付く。

 魔王らしい余裕で、アリアと重なるものがあった。


「……そうか。貴様も、アリアという者の居場所を知らないのか」


「――なっ!?」


 まるで自問自答のように。

 ガルガの質問は自己完結している。

 ロゼを動揺させるため、適当なことを言っているだけかとも考えたが、見事にピタリと言い当てられてしまった。


「この――!」


 奇妙な能力を持っている相手に、戦いを長引かせるわけにはいかない。

 何かを使われる前に決着をつけるため、鋭いツメを首に目掛けて伸ばす。

 どうにかして血を吸うことができれば、眷属化させることが可能だ。


「危ないな。流石に眷属化するわけにはいかないぞ」


「ど、どうしてそれを!」


 疑惑が確信に変わる。

 ロゼの心の中は、完全にガルガの手の内であった。

 眷属化までバレてしまっては、これからの戦いがかなり制限されてしまう。


 どうやって乗り越えるか必死に頭を回転させるが、この状況もガルガには筒抜けなのだろう。


「なるほど、まだ諦めていないのか。やはりアタリだったようだ」


 そう呟いて、ガルガは嬉しそうに立ちはだかった。


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