第30話


「…………」


「ア、アリア? どうしたんだ?」


 リヒトがアリアの部屋に到着すると、そこにはディストピアの下僕全員の姿があった。

 そして、奥ではムスッとした顔の魔王が玉座に座っている。

 不機嫌そうに頬杖をついており、何か良くないことが起こったのは明白だ。


 勇気を出してリヒトが話しかけてみるが、返事はなかなか返ってこない。


「お姉さま。どうして魔王様は喋らないの?」


「イ、イリスちゃん……! 静かに……!」


「魔王様……心配なの」



「……はぁ」


 困惑するリヒトたちを見て。

 アリアは鬱憤を吐き出すようにため息をついた。

 次に出る言葉に、全員が耳を研ぎ澄ます。


「……儂は、人間という共通の敵がおる故に、魔族たちが協力すべきじゃと思っておる……そこで、東の魔王とやらに声をかけてみたのじゃが、どうなったか分かっておるか?」


「まさか……」


「ククク、あやつらやりおったぞ。無視をするだけなら良かったものの、嫌がらせと言わんばかりに攻撃魔法をぶち込んできおった」


「あの時の衝撃は、そういうことだったんですね」


 アリアは噛み締めるように、起きたことをありのまま話した。

 リヒトが眠っている間にあった、ディストピアの入り口爆発事件の正体は、東の魔王による攻撃魔法だったらしい。


 特に被害という被害は無かったが、アリアはその行為自体が許せなかったようだ。


「売られた喧嘩は買うしかないぞ。お主ら、準備は良いか?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。こっちの戦力も整ってないんだから、宣戦布告は少し様子を見た方がいいんじゃ――」


「それなら、もう既に攻撃魔法をぶち込んでやったぞ。今頃混乱しとるじゃろうな、ククク」


 時すでに遅し。

 いつ攻めてくるのか分かっていない人間界と並行して、東の魔王との戦いも進めないといけない状況になってしまっていた。


 当然、現在のディストピアには、この二つを同時進行できるほどの力は備わっておらず、片方を捨てなければならない。

 つまり、人間が攻めてこないことを祈るしかなかった。


「リヒト。何だか大変なことになってるみたいだね」


「そうだな……それに、東の魔王っていうのは人間界にいた頃に聞いたことがあるぞ。討伐に向かった冒険者は、全員生きて帰れないらしいからな」


「おっかないなぁ。ボクがどこまで付いていけるのか心配だよ」


 リヒトは自分の記憶から、東の魔王についての情報を何とか引っ張り出す。

 そしてそれは、戦意喪失に繋がってしまうほど圧倒されるものだった。


 ギルドでは、絶対に手を出さないようにという警告までされている。

 それも、東の魔王城からこのディストピアの地まで、攻撃魔法を届かせるような魔力を持つ化け物がいるというなら納得だ。



 しかし。

 幸いなことに、こちらにも同じことをやってのける化け物がいるため、まだ負けと決まったわけではない。


 二人の魔王が互角である分、下僕であるリヒトたちで差をつけるしか道が残されていなかった。


「お姉さま……本当に戦いになるの? イリス、勝てるかどうか分からない」


「大丈夫よ、イリスちゃん。リヒトさんがいれば、少なくとも負けることはないんだから」



「お、そうじゃった! リヒト! お主が、この戦いで一番重要な役割なんじゃからな! しっかりと働くのじゃぞ!」


 ビシッ――と指をさされるリヒト。

 優秀な者たちが集うこのディストピアで、まさか自分に大きな仕事を任されるとは考えていなかったため、数秒間はリアクションすることができなかった。


「詳細は一々言わんでも分かっておるじゃろうが、お主はこやつらが死んでしまったら、すぐに蘇生してやってくれ。特にフェイリスはな」


「分かった……頑張るよ」


「うむ! 期待しておるぞ」


 リヒトはフェイリスと目を合わせる。

 すると、フェイリスはグッと親指を立てて、信頼関係のジェスチャーをしていた。

 いつも無表情のフェイリスが、初めて笑った瞬間だ。


「相方は決まったなの、リヒトさん。ベストパートナーなの」


「……とりあえず頑張ろう」


 こうして。

 魔王軍対魔王軍の戦いが始まることになった。


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