10

 次の日、シオンは学校に来なかった。

 もしかしたら昨日の雨で風邪を引いたのかもしれない。

 彼女のいない昼休み、孤独を感じる暇を与えないように、憧れの大人になるための準備(いろいろな勉強)をした。


 三連休を挟んでも、彼女は学校に来なかった。

 僕は朝のホームルームが終わって教室を出ていく先生に声をかけた。

「先生、あの、シオンは……櫻木さんは、どうして来ないんですか?」

 先生は少しのあいだ僕の目をじっと見たまま固まっていた(先生の顔はお地蔵さんの顔に似ているけれど、今だけは本物のお地蔵さんだった)。 

「櫻木は、転校したんだ」

 先生はそれだけ言って歩いていってしまった。先生と交代に、僕がお地蔵さんになった。

 いや、そんなわけない。そんな急に引っ越すなんて。

 そうだ、彼女の家へ行ってみよう。

 僕は学校終わりに、すぐにシオンの家へ向かった。

 向かう途中、本当に引っ越していたらどうしようと心配したけれど、家の表札に「櫻木」とかかれていたので安心した。

 先生は時に嘘を吐く。大人になったら、きっと、嘘も必要になってくのだろう。

 インターフォンを押すと、家の中から音が聞こえて、やがてドアのすぐ向こうで音が止んだ。

 ドアが開く。

「あら、どちらさまでしょうか」

 彼女はきっと、シオンの母だろう。目元がそっくりだった。けれど、疲れた顔をしていた。

「僕、シオンさんの友達の修平です。あの、シオンさんが学校をお休みされているので、心配になって」

 僕がそう言うと、シオンの母は悲しそうな、申し訳無さそうな表情を浮かべた。

「どうぞ、あがって」

 言われるままに家へ上がらせてもらった。

 シオンの母が歩き出す。きっと、向かう先にシオンがいるのだろう。

 けれど、僕の目に飛び込んできたのはいつものシオンでも風邪で寝転んでいるシオンでもなかった。

 彼女の写真と、お線香と……

 言われなくても、彼女が死んだのだとわかった。

「シオンは、死んだの」

「どうして」

 僕は自分が落ち着いてるのかいないのかわからなかった。

 先生を信じてしまえばよかったのに。

 いじめがエスカレートして、殺されてしまった。そう彼女の母が説明した。

「嘘だ。だって、僕、そんな話、シオンから聞いたことない」

 昼休み、いつも楽しそうに話してたじゃないか。

 けれど、シオンが休んだのと全く同じタイミングでもうひとり学校に来なくなったクラスメイトがいたことを、僕は知っていた。

 そして、シオンの母は、昼休みを図書室で過ごす、気の合う彼の名前を口にした。

 ヒロトが、シオンを殺した?

 彼はいじめをするような人柄ではないはずだ。

 聞くと、小学校の時も彼のいじめが原因で学校に行っていなかったのだという。

 なんてことだ。 彼女は今、幸せだと言っていたじゃないか。おかしい。どうして。ヒロトが、どうしてシオンを。

 いじめは、静かに行われるんだ。

 ――本当に本当の静寂があったら、私はその静寂の中にはいたくないな。

 ――だって、静寂って、怖いでしょう?

そうか、彼女は本当の静寂を、知っていたんだ。

 そこで僕は夢を思い出した。彼女が助けを求めていたのは、このことだったのかもしれない。

 そして、もしあの時彼女の足の絆創膏や痣に気づいてすぐにそのことをきいていれば、ヒロトを止められらたかもしれない。

 周りの目を気にして、彼女と話さなかった結果がこれだ。全く馬鹿げている。

 「付き合ってる」だなんて馬鹿にする奴らを許せない。子供の中の子供だ。

 それよりも、それを気にしてシオンに話しかけなかった僕はもっと許せない。

 僕もクラスメイトもみんな馬鹿な子供だ。馬鹿だ。子供だ。

 ああ、早く大人になってしまおう。


 僕はずっと、もしあの時シオンに話しかけていればというどうしようもないことを思った。こんな時でさえ、僕の中は「もし」しか考えられなかった。

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