9

 僕は何千もの薔薇を眺めていた。その中に薔薇になったシオンがいる。いることはわかっているけれど、他の薔薇と見分けが付かない。

「シオン! いったいどこにいるの?」

「……ここ……修平……助けて」

 か弱いシオンの声が聞こえた。彼女は助けを求めている。

 僕は必死に探す。

 ふと、背後に気配を感じた。

 振り返ると、そこには彼女が立っていた。顔のわからない、大人の彼女。

 彼女の姿をみて、これが夢なんだと自覚した。

 よかった。もしこれが現実で、シオンが本当に助けを求めていたら僕は気が気でなかった。

 けれど一応、僕は薔薇の中にいるシオンを探した。

「シオンがこの中のどこかにいるんだ。一緒に探してほしい」

 僕が大人の彼女にそう言っても、彼女は突っ立ったまま動かない。

「こんなに真っ暗闇で、なにも見つけられないよ」

 たしかに真っ暗だ。けれどそこに薔薇があるのはたしかで、その中でシオンが助けを求めてる。

 僕がシオンを探しているのを、大人の彼女はずっと眺めていた。

「ねぇ、助けてよ」

 その声はシオンの声ではなかった。


 目が覚めた。

 ねぇ、助けてよ。彼女がそう言った。夢の中の大人の彼女が。

 どういうことだ。大人でも「助けてよ」なんて言うのか。大人は自分で解決するものだろう。

 しばらく布団の上で呆然としていると、やがて目覚まし時計が鳴り出したので、着替えて学校の支度をした。


 昼休みになってすぐにベランダに向かった。

 向かう途中窓の外を見ると雨が降っていた。でもベランダは屋根がついているので大丈夫だ。

 扉を開けるといつものように彼女が景色を眺めていて、安心した。

「シオン……」

 その後に続ける言葉を探した。

「どうしたの?」

 彼女は僕の様子を不思議がって首を傾げた。「涙」と、不思議ちゃんな発言をしながら。

「どうして、泣いてるの?」

 そう言われて、やっと自分が泣いていることに気がついた。

 僕はどうしても涙を止められなくて、そのまま無理矢理笑った。

「へーんなのぉ」

 彼女はそう言って、ハンカチを渡してきた。

「……ありがとう」

 そのハンカチはシオンの甘い匂いがした。


 一通り泣いてから、しばらくなにも言えなかった。シオンもなにも言わなかった。

 昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。

「そのハンカチ、修平にあげる」

 彼女はそれだけ言って、ベランダを出ていってしまった。

 遠ざかる彼女の後ろ姿を眺める。

 ……あれ?

 スカートから出た足には、二枚の絆創膏と三つの痣があった。

 教室ではクラスメイトに馬鹿にされるかもしれないので、彼女に話しかけられなかった。

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