8
次の日、モヤモヤの正体は隠したまま、彼女に会った。
「シオンは、どんな大人になりたいの?」
シオンのなりたい大人に興味があった。
「なりたい大人かぁ」
彼女はしばらくじっと考えていた。相変わらず、沈黙が訪れても静寂は訪れない。
「今、こうしてここにいることが、生きてることが幸せだなって思える大人になりたい。生きててよかったって思える大人になりたい」
僕の憧れている大人とは全然違った。
「そっか」
「うん、今も、修平と話せてとっても幸せだよ」
それから少しのあいだ気まずさのない沈黙を味わってから、
「どうして、幸せと感じるんだろう」
と、僕はまた思ったことをそのまま口にした。
「幸せ?」
「たまに思うんだよね。例えば、どうして好きな異性といると幸せを感じるんだろうとか、どうして憧れの芸能人に会えたりすると幸せを感じるんだろうとか。シオンとなに話そうか考えてると幸せを感じるし、好きなことしてても幸せを感じる」
僕は一息でそれを言ってから彼女の表情を眺めた。
「私、空を眺められて幸せ」
「シオンはどうしてそれが幸せなの? 自分にとってどういうものが幸せなんだろう」
「これって答えとかあるの?」
「答えはあるかもしれないしないかもしれないね。少なくとも僕は答えを知らない」
「私も知らないな。多分知らなくていいんだと思う」
僕は自分の趣味を少し公開した。
「CDケース眺めてる時も幸せだし、音楽聴いてる時も幸せだし」
そして、彼女が思いついたように言った。
「ときめく時じゃない?」
「ときめく?」
「逆に難しくした?」
僕は以前読んだ小説でときめくという言葉が出てきた時に、辞書で調べたことを思い出した。
「喜びや期待とかで胸がワクワクするというのがときめくの意味だった気がする」
「へー」
「じゃあ、シオンといる時、僕はときめいてるのかな。……喜びや期待イコール幸せ?」
「全く違うわけではなくない?」
「期待はまだ心が満たされてないよね。……心が満たされると幸せなのかな。でも僕は心が満たされると、なんだか少し泣きたくなる。それは幸せかな」
「泣くのは悲しいときだけじゃないからね」
「幸せイコール悲しみ」
「いずれなくなっちゃうと思うと悲しくはなるけども」
「幸せだなーって感じる時、僕は悲しくなるよ」
そう、僕は悲しみの中に幸せがあると思っている。
「そっか。んー……そうなんだ」
「でも悲しくなることが悪いことだとは思わない」
「うん」
「好きな芸能人と一度も会えないままで話すこともできないんだよなって思うと悲しいし、好きなアーティストと声がかれるまで語り合ってみたいけどそれも叶わないんだよなって思うと悲しい。すごく悲しい。こちら側は相手を知ってるのに、相手に知られることはないんだよ」
「うん、そうだね」
実は僕は、けっこう音楽を聴く。
「小説や音楽にしても、いずれ消えて誰にも読まれたり聴かれたりされなくなるかもしれないと思うと悲しい」
「作品って残らない? それ相応のことをすれば後世まで伝えられることはあるよね」
「残るかもしれないけど人の目につくのはほんのひと握りだよね。芸能人と同じ」
「でもいるにはいるんだよ」
「いるのに見られないのが、一番悲しい」
「でもほとんどみんなそうだよね」
「それが悲しいんだよ」
「そっか。じゃあさ、悲しくならないよに、ずっとふたりでいればいいんだよ」
――ああ、彼女は本当に、純粋で綺麗で、美しい。
「悲しくなったら私に話してよ。悲しみを分かち合う相手がいれば、きっとそれは幸せなことなんだと思う。そうやって、悲しむ度に分かち合えたら、いつか幸せでいっぱいになるよ」
そして誰よりも……
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