第42話 魔王vs人類最強(テイク2)

 

 日の出と共に、彼方の山が崩れていった。


 ごごご、と……。


 土砂が、雪崩のようにうごめきながら地面の中へ吸い込まれてゆく。

 崩れているのは、俺たちから見て地平線に位置するくらいに遠い場所。魔の山アーヴァインのあった場所だ。

 陽をさえぎり、不気味な灰黒色をしていた岩山が、魔法を使ったようになくなっていく。

 土砂が大地に落ち込み、落ち込み切れなかった土が茶色いしぶきをあげて舞い上がっていた。


 地中で、核が爆発したのだ。


 魔王を倒すために魔の山をくりぬき、大きな穴を作って、隙を見せた魔王を埋め、その隣に起爆装置と共に設置した。

 それが、爆発した。

 トリニトロトルエン換算で、メガトン級の出力。もしこれが地中ではなく地上で爆発していたのなら、俺たちのいる場所も熱波と爆轟で消し飛んでいただろう。


 地震が続いている。眼下に広がる大地は、立てはするが歩くのは難しそうなほどに揺れていた。


 びき、びき、びき、と……。


 俺たちの足元にある舗装されたコンクリートの道――師匠が突貫工事で地平線の彼方まで敷き詰めたのだ――に、ひびが入ってゆく。

 ごごごごご、と、地面の揺れが続く。

 揺れるたび、ねずみ色をしたコンクリート地に亀裂が増えてゆく。

 魔の山の周囲に配置された鋼鉄のかたつむり、戦車という兵器もまた、地面の揺れとともに、がち、がち、と、輪っかキャタピラで繋がれた車輪を揺らしていた。


 生き残るぞと、手を重ね合わせ、頷いてからすぐの出来事だった。


『おおおお、おおおおお、おおおおおおおう。なにがおこっちょるんゃー????』


 リィが素っ頓狂な声をあげる。しかしその巨大な砲身はほとんど揺れていない。

 きゃぷてんぱいる工法(?)とかいうよく分からん方法で地盤と固定され、さらに免震構造という技術を使っているおかげらしい。


 しかし、俺たちが目にする光景はめちゃくちゃだ。

 朝日が昇り、薄皮を剥ぐように闇夜が光に包まれる中。


 彼方の地面が一瞬だけ持ち上がり、地中にできた巨大な穴へ落ち込んでゆく。


「手筈通りに行くぞ」

「はいっ」

「いくわさ」


 アリシアとカレナが、大地が揺れる中でそれぞれの持ち場につく。といっても大して移動するわけじゃない。

 電磁加速砲の発射装置前に俺、砲身の護衛役にカレナとアリシア。

 百キロ以上離れた場所に、師匠と魔王。

 魔王を取り巻くように、師匠がかき集めた戦車機甲師団が配置されている。


 戦いが、これで終わるわけがない。


 魔王は、核の直撃を受けた。

 数万度の高熱と爆轟に押しつぶされれば、普通の化け物なら死ぬ。

 だが、相手は魔王。師匠の荷電粒子砲を素手ではじき、俺の右腕を犠牲にした必殺技、バンカーバスターですら傷を与えられなかった。


 不思議に、確信していた。

 魔王ワルプルギスナハトは、ほとんどダメージを負ってないと。


「リィ、しっかりしろ!」

『お、おおう。すまん、びっくりしたんじゃ』


 全長百メートルを超える電磁加速砲。

 その根っこ部分にある照準装置の前に、俺は座った。座ったのはおんぼろの椅子だ。近くの民家で銅貨五枚で買った奴。使い古した木の椅子だ。

 座った俺の目の前に、数枚のガラス製らしき透明な板があった。形は長方形で、大きさは人の頭よりも少しだけでかい。それが五枚、目の前と上、左右、下についている。モニターというらしい。


 そのモニターには、外の映像が映っていた。それだけじゃない。隅の方にはリィの状況を示す表示板があり、時計よろしくついた針が左右に動いている。

 針先を見れば、砲身の温度や風向きなどの情報が分かる。


 ごうん、ごうん、がり、がり、がりと、音がうるさい。

 リィの砲身内部にある、無数の電磁石。テスラコイルというらせん状の金属に、大電流の電気が流れるとこういう音がするらしい。


 照準装置の周囲は、冷却液の入った太いパイプと、リィを制御するための配線。それに、電気を流すためのケーブル。右も左も、鈍い灰色をした金属ばかりだ。

 周りの空気がべとついていた。

 冷却水を通している配管が結露し、汗をかいているせいだ。

 弾道演算のためにフル稼働する電子回路が熱を発し、冷却水と交わる。砲手を収めたリィの内部で、熱気と冷気がせめぎ合っている。


 見上げれば、砲台となったリィの巨躯がある。

 ごつい、人間が何人も入れるくらいにごつい砲身を隔てて、青い空があった。

 リィの、魔砲グリグオリグの役割は、魔王にとどめの一撃をぶちこむこと。

 俺の役割は、その一撃を絶対に当てられるタイミングで発射すること。


 それ以外のことは、俺の仲間がやってくれる。


『おおうっ』


 彼方の空が光る。

 雷を思わせる、一瞬の光だ。

 朝日ではない。太陽は今、俺の後ろ側にある。

 光が消え、音が続いた。


 ヒューーーーーーーー


『おい、ハル、あいつら空を飛んどらんか!?』


 ーーーーーーーーーーードォォォン!


 リィの声をかき消すほどの爆音が、徐々に大きくなっては弾ける。

 耳を打つ不快な轟音と、腹に響く振動を帯びた炸裂音。

 魔王と師匠の戦いが始まったらしい。

 場所は、空だ。

 はるか上空、雲の彼方だ。

 大気が揺れ、衝撃波をともなった爆発の残滓が百キロ以上も隔てた俺たちの場所にまで届いてくる。


 照準装置の前に座る俺も役立たずだが、カレナとアリシアも、身体を低くして馬鹿みたいに状況を見るしかない。

 レベルが違う。

 かたや魔王、かたや人類最強の魔術師。


 なんでもありだ、あの二人は。


「ハイイイイイイイィイィィィイ!!!」


 猿声――けたたましくもおぞましい師匠の声が、大気に響き渡る。人間の女が出しているとは思えない大声だ。


 数秒ごとに、衝撃波が降り注ぐ。

 滑らかに舗装された灰色の地面に、コンクリートに覆われた平野に亀裂が走り、舞い上げられた埃がぱらぱらと雨のように降ってゆく。


「ぬぅぅぅん!」


 彼方より響き渡る、野太いソプラノという矛盾した声音。


 モニターを、眺めてみれば――

 師匠が叫び、必殺の右ストレートを魔王の鎧へぶち込む瞬間が見えた。

 がきぃぃと、音がした。

 衝撃波が先に来て、音が後から来た。

 魔王の鎧が遙か彼方の天空を舞い、一直線に雲の向こう側へすっ飛んでいく。

 さらに上空、山も雲も突き抜けた成層圏へと。


「ちぇす!」


 もう一体の師匠、師匠Bが、空を疾る。

 文字通り両脚を動かして疾走し、天高く駆け上ってゆく。


“どうやって空を飛んでいるのか”と、修業時代に聞いたことがある。


 師匠の答えは、シンプルなものだった。


“右足が沈む前に左足を踏み込めばいい。それが出来たら、左足が沈む前に右足を踏み込めばいい”


“マッハ三を超えたあたりで、空気の挙動は断熱圧縮が優位になる。さらに加速し、マッハ六で踏み込めば、空気の粘弾性はマッシュポテトとほぼ同等になる”


“マシュポテトばダイラタンシー流体なので足場にできる”


 パワーあふれる三段論法。


 悪いが、俺の頭ではついていけない。

 ただ一つ、師匠以外には不可能だという事だけは十分に伝わった。


『あいつら、ライフルの弾より速く動いちょるぞ!!』


 リィの声が頭に響く。

 それはリィが、進化した魔砲グリグオリグが、超高速戦闘をしている魔王と師匠の位置と速度を不十分ながらも捕捉していることを意味していた。

 モニターの映像が切り替わった。


「ひょおおおおおおお!」

「はいやっぁぁぁぁあ!」


 師匠Aが、魔王の左脚を。

 師匠Bが、魔王の右脚を。

 魔王の頭部を地の側にし、両脚を天の側にして左右からロックし、地上めがけて同じ速度で疾走する。


『どうやっとるんじゃ、魔王を捕まえて肩並べて空を垂直に走り落ちとるぞ!?』


 俺にも分からん。

 わけが分からん間に、師匠が大技を放っていた。


 繰り出されたのは、ツープラトンの墓石式ツームストーン脳天杭打ちパイルドライバー


 落下距離は一万メートル以上、終端速度は計測不能。少なく見積もってもマッハ七。

 打ち下ろした地面は、コンクリートだ。

 師匠の体重は、一人当たり五百キロ。二人合わせて一トンの体重が極超音速で上乗せされ、鎧に包まれた魔王の頭部へ破壊エネルギーが伝達される。


 地面との距離が、零になった。


 魔王ワルプルギスナハトの頭がコンクリートに激突し、遅れて隕石が直撃したような衝撃音が周囲に響く。


『まー、たー、ゆーれーるー……!』


 恐ろしい。俺らは免震構造の土台の上にいるんだが。

 それでもぐらついているのが恐ろしい。


 バンカーバスターはおろか、核兵器すら凌ぐ衝撃が大地を伝播し、大きな穴をあけていた。


 その穴から、よっこらせと、出てくる人の影が二つ。

 師匠Aと師匠Bだ。

 極超音速の空力加熱のためだろう。皮膚が焼け、機械の身体がむき出しになり、赤い色になりながら煙を上げていた。綺麗だった金髪も焼け焦げている。

 穴の淵に立ち、師匠たちが穴の底にいるであろう魔王へと視線を向ける。

 朝の太陽が、地平線から完全に顔を出していた。


『のう、ハル……』

「あん?」

『わしら、いらんのではないか……?』

「だったらいいんだけどな」

『だったらって、アレで決まったにきまっとろうが。見てみい。地形が変わっとるんだぞ』


 と――。


『これで、終わりか……?』


 声が響いた。

 リィの声じゃない。聞く者をおぞけだたせる、冷たい男の声。

 俺へ向けたものではない。けれどもそれは、俺にも聞こえる問いかけだった。おそらくカレナやアリシアにも聞こえているだろう。


 魔王、ワルプルギスナハトの思念――


『ならば、そろそろ死ぬか……?』


 黒い雲が、師匠たちが開けた大穴から噴き出していた。


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